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花籠の教会③

 翌朝、たくさんのベコニアを持ち食卓へとやってきたノアを見て、マーガレットが目を見開いた。血相を変えながらノアに駆け寄ってくる。 「ちょっと、ノア大丈夫? 顔色がよくないわ。無理をし過ぎなんじゃないの?」 「いいえ、大丈夫です。ちょっと疲れているだけですから」 「本当に? いくら誰かの為と言っても貴方が倒れてしまったら元も子もなくなるわ。無理だけはしないでちょうだいね?」 「……はい、ありがとうございます」 「ノアは私たちの宝物だということを、忘れないでね」 「わかりました」  自分のことを心配してくれるマーガレットの優しさがとても嬉しい。この能力が欲しくて、殺人まで犯す国王陛下もいるというのに、心優しいマーガレットは「無理をするな」と言ってくれる。クレイン司祭とマーガレットに出会わなければ、ノアは今生きていないかもしれない。そう思えば、心が熱くなった。 「そう言えば、またあの手紙が届いていたわよ」 「本当に?」 「ふふっ。本当にこのラブレターが待ち遠しいのね?」 「そ、そんなラブレターなんて……」 「ふふ、照れちゃって。ラブレターでしょ? 送り主もわからないラブレターを待つなんて、青春じゃない! しかも、今回もまた綺麗なハンカチーフ付きで……若いっていいわねぇ」  顔を真っ赤にしながら狼狽えるノアに、マーガレットは手紙を渡す。それから、鼻歌を歌いながら「無理だけはしないでね」ともう一度言い、キッチンへと消えていったのだった。  その手紙を見るだけで鼓動が少しずつ速くなっていく。ノアが教会に来てしばらくしてから、時々、教会の扉に手紙が挟まっていることがある。それは不定期ではあったが、いつからか、ノアはその手紙を待ち侘びるようになっていた。  ふぅッ……と呼吸を整えてから封を開ける。手紙を傷つけてしまわないように、ゆっくり、丁寧にナイフを使って開封していく。心を躍らせながら綺麗に畳まれている便箋を開けば、いつものように整った文字がびっしりと並んでいた。   その文字一つ一つを慈しむかのように、ノアは視線を落とした。 『ノア様  いつも美味しい野菜と、美しい花をどうもありがとうございます。今回送っていただいた向日葵の花は、元気で明るい貴方のようで、見ているだけで元気になってきます。それに、大きなお芋もありがとうございます。とても美味しかった。ポタージュにしていただきました』 「向日葵が俺みたいだなんて、頭がおかしいんじゃないのか?」  照れくさくなって、つい悪態をついてしまう。本当は心臓がドキドキと高鳴るくらい嬉しいのに……。天邪鬼なノアは素直に嬉しいと言うことができない。 『これから暑い夏がやってきます。作物を頂けることは大変喜ばしいことですが、貴方の体も心配です。どうぞ、私たちの為に無理だけはなさらぬように……。優しい貴方が無理をして体を壊されるのではないかと、いつも心配しております。では、またお手紙を書かせて頂きたいと思います』  手紙には送り主の名前が書いていないため、誰が送ってくれたのかさえわからない。しかし、綺麗な文字にノアを労わる優しい文面……。  手紙はいつも誰にも気づかれないうちに、教会の扉に挟まっているからノアは手紙の送り主のことを何もしらない。  ただ、この綺麗な文字とノアを気遣う文面を読むだけで、手紙の送り主が優しい人物だということは想像に難くない。  相手が男性なのか、女性なのか? 年齢はいくつくらいなのか?  そんな情報さえ知らないまま、その誠実な文章にノアは惹かれてやまないのだ。  そして、いつも手紙には美しい刺繡が施されたハンカチーフが添えられている。クルゼフ王国では、思いを伝えるときにハンカチーフを送る風習がある。それになぞらえているように思えた。 「わぁ……すげぇ綺麗だなぁ」  今回送られてきたハンカチーフには、向日葵の刺繍がされており、黄色い生糸が太陽の光を受けキラキラと輝いて見える。  いつも当たり前のようにハンカチーフを送ってくれるけど、きっと高価なものに違いない。物の価値に疎いノアでもわかるくらい、そのハンカチーフは美しく繊細な刺繍が施されていた。 『向日葵の花は元気で明るい貴方のようだ』  手紙に書かれていた一文を思い出して、頬が一瞬で熱くなった。一体、この手紙の送り主は自分に何を伝えたいのだろうか……。深く考えれば考えるほど鼓動がどんどん速くなっていった。こんなところをマーガレットに見られたら、きっとまたからかわれてしまうことだろう。 「いつかこの人に会ってお礼が言いたい……」  それでもやっぱり嬉しくて、ノアはそっと手紙とハンカチーフを抱き締める。  ただ──。かつて一度だけ、ノアは手紙の送り主を見たことがある。  それは後ろ姿だけで、顔も見えないし、影さえも遠い。どんな人物かもわからなかったが、その人物は白馬に跨っていた。教会を後にしようとするその人物に「待って!」と声をかけると、振り返りもしなかったが、馬の足がぴたりと止まった。  ノアは遠くから、大声で叫ぶ。どうしても、手紙の送り主にお礼が言いたかったのだ。 「あんたなんだろう? いつも手紙とハンカチーフを届けてくれるのは? ありがとう」  ノアの声は届いているはずなのに、振り返ってはくれなかった。それでも、ノアはもう一度大声で叫んだ。 「本当にありがとう!」  馬の嘶く声と共に光が差し込む森の中へと、その人物は消えていってしまったのだった。

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