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復讐のために②
「国王陛下! 約束が違うではありませんか!?」
突然よく通る声がその場に響き渡る。ノアが恐る恐る目を開くと、馬の目の前にクレイン司祭とマーガレットが立ちはだかっていた。
「……! なにを……!」
ノアは震える唇で呟く。なんて無謀なことをしているのだろうか。これではクレイン司祭とマーガレットが殺されてしまう。そう感じたノアは慌てて馬から降りようとしたが、イヴァンの腕はノアを抱きとめて離さなかった。
「国王陛下、もう二度とノアには手出しをしないと、あの日約束してくれたではないですか!?」
「お願いします、国王陛下。ノアを連れて行かないでください!」
クレイン司祭とマーガレットは、大きな白馬に跨るイヴァンの前に臆する様子もなく歩み寄り、そっと地面にひれ伏した。
「ノアは両親を殺され、心に深い傷を負っています。そんなノアをこれ以上苦しめないでください。どうかお願いします」
「それにノアは、私たちの子どものような存在なのです。どうかノアを連れて行かないでください!」
司祭の身分で土下座をするクレイン司祭と、恐怖から震える声で自分を「我が子のような存在」と言ってくれたマーガレットの姿に、ノアの胸が熱くなる。
自分だけが勝手に、この二人を両親のように慕っていたわけではないのだと知ったノアの目頭が熱くなった。
「クレイン司祭……マーガレットさん……」
ノアの瞳から熱い涙が溢れ出し、豊かな馬の毛の上にベコニアが音もなく落ちる。その様子をイヴァンが無言で見つめた。
「無礼者が‼」
そんな二人を見たひとりの騎士が怒号を上げる。その騎士は炎のような赤毛をしており、まるで筋肉の鎧を着ているかのように逞しい体つきをしている。その堂々たる風貌から、他の騎士たちより明らかに格式の高い騎士だということが見てとれた。
「行け!」
その男の号令と同時に、他の騎士たちが一斉に剣を抜きクレイン司祭とマーガレットを取り囲む。砂ぼこりが舞い上がり、一瞬ノアの視界が遮られてしまう。
しかし次の瞬間、砂ぼこりが風にさらわれ、開かれて見えた光景にノアは目を見開いた。
クレイン司祭の喉元に、赤毛の騎士が剣の切先を向けている。その鋭い刃は、今にもクレイン司祭の皮膚を切り裂いてしまいそうなぐらいの位置にあった。
「あ、ぅ、あ……」
その光景に、ノアは言葉を発することさえできなくなってしまう。
クレイン司祭とマーガレットの姿が、両親と重なって見えた。
「嫌だ、嫌だ……」
ノアはイヴァンの腕の中で、まるで「嫌々」をする子どものように首を横に振る。二人に向けて伸ばされたノアの片腕は、震えていた。そんなノアの顔を、イヴァンがそっと覗き込むように顔を傾ける。
「もう嫌だっ……大切な人を、これ以上失うなんて……」
ノアの瞳から大粒の涙が次から次へと溢れ出し、ベコニアへと姿を変えていく。馬の背中から落ちたベコニアの花が、まるで絨毯のように地面を埋め尽くしていった。
「あんたがこのベコニアの花が欲しいって言うなら、あげるから……」
「なんだと?」
「いくらでもベゴニアの花をあげるから、あの二人を殺さないで。お願い、殺さないで……」
ノアは逞しいイヴァンの腕の中で声を出して泣いた。もう二度と大切な人を自分のせいで失いたくない……その一心だった。
「……あんたの言う通り、クレーア城に行くよ」
「…………」
「クレーア城に行くから……もう誰も殺さないで」
自分はなんと無力なのだろうか? 今のノアにはこうやって泣きながらイヴァンに懇願することしかできないのだから。
「アッシュ、剣をしまえ」
「しかし、陛下!」
「いいから、剣をしまえと言っているのだ」
「はっ!」
イヴァンがアッシュと呼んだ赤毛の騎士は、納得がいかない、という顔をしながらも渋々命令に従った。
それを見ていたノアの口から、ほぅ、と安堵の息が大きく漏れる。
「よかった、よかった……」
ベコニアの花が流れ落ちる度にズキズキと目が痛む。しかしそれ以上に、心がナイフで抉られたように痛んだ。
そのとき、もう遠い記憶のように感じる両親の言葉が、ノアの頭に降ってきた。
『ノア──。この力だけは絶対に使ってはいけないよ』
ふと、ノアの目から涙が止まる。
──なんで今、こんなことを思い出したんだろう。
そう思うと同時に、ノアの胸は、冷たい水が染み渡るように冷静になっていく。
――記憶が確かであれば……。そうか……、あの力を使えば、もしかしたらこの男に復讐ができるかもしれない。
ノアはこのとき、漠然と、しかし明確な意志を持った己の感情を密かに募らせていった。
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