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第四話 箱庭①
クレーア城の中は何もかもがノアの想像以上だった。
高価そうな赤い絨毯が敷かれている長い廊下の両脇には家来たちが並び、中央を通っていく国王陛下に向かい深々と頭を下げている。そんな仰々しい雰囲気に、ノアは思わず背筋が伸びる思いがした。
壁には歴代の国王陛下や女王陛下の肖像画が並ぶ。ところどころに、必要なのかと思われるほど大きな鏡も飾られていた。他にも近寄ることさえ躊躇ってしまうぐらいの、高価そうな装飾品が整列している。
アーチ型の高い天井は、光をよく取り込むようにできているらしく、眩しい程の太陽光が城内を照らし出している。そんな天井には、思わず溜息が漏れてしまいそうなほど豪奢なシャンデリアが吊るされていた。
「すげぇ……」
何もかもが見たことのないものばかりで、ノアは言葉を失ってしまう。同じ世に生きているというのに、城の中はこんなに煌びやかだったなんて、考えもしなかった。
「ここから先はアッシュだけで十分だ。他の者は待機していろ」
「かしこまりました!」
アッシュ以外の騎士たちは敬礼をして、その場に留まる。そんな光景を見たノアは、やはりアッシュという男はイヴァンにとって特別な存在なのだと感じる。恐らくイヴァン率いる騎士団の団長なのだろう。体格もいいが所作に品を感じられた。
「行くぞ、ノア。少し階段を上るが大丈夫か?」
「階段ぐらい別に大丈夫だけど……。一体、俺をどこに連れて行こうって言うんだよ? ずいぶん奥まで来たよな?」
ノアの声色には強い不安が滲み出ていた。そんなノアに一瞬視線を向けたイヴァンが、小窓から外を指さしてみせる。
「あそこに見える一番高い塔だ」
「え? あんな所まで行くのか?」
「そうだ。今日から其方はあの塔で暮らすこととなる」
「……あんな塔の中でだって……?」
イヴァンが指さした先には、城の中で一番高い塔が聳え立っていた。きっとあの塔から眺める景色は最高だろう。しかし、ノアの目にはその建物がまるで監獄のように思えた。
不安と恐怖が渦巻いて、心をかき乱してくる。
──俺は一体どうなってしまうんだ……。
握り締めた拳が、カタカタと小さく震えた。こんなことならば、あの日両親と共に死んでしまえばよかったのだろうか? と、そんな後悔に苛まれる。
俺はあそこに閉じ込められて、花を生み続けなければならないのだろうか? そんなの——絶対に嫌だ。
拳を握り締めて強く目を閉じる。全身に力を籠めていないと、倒れてしまいそうになるのを必死に堪えた。
「では参ろう」
「…………」
ノアはその一歩を踏み出すことができず、顔を上げることさえできない。涙が溢れ出ないよう強く唇を噛み締めた。
「大丈夫だ。其方を大切にすると約束しただろう?」
「……は?」
「もう悲しい思いはさせない」
イヴァンがノアの耳元で囁く。その言葉にハッと顔を上げると、寂しそうな顔をしながらも微笑むイヴァンと視線が合った。夜の海のようなイヴァンの真っ黒な瞳に、吸い込まれそうな錯覚に陥ってしまう。
「大切にする。二度と悲しい思いはさせない」
「な、に、言って……」
唖然としたままイヴァンを見つめるノアに向かい、まるで誓いをたてるかのように、イヴァンがもう一度囁いたのだった。
◇◆◇◆
重たい足を引き摺り、気が遠くなるほど階段を上り続ける。螺旋状に続く階段を、一体何段上ったのだろうか? 目的地である塔までまだまだ辿り着きそうもない。このままでは、雲の上に到着してしまうのではないか、と不安になってきてしまった。
疲れたか? 大丈夫か? ──そうやってイヴァンがもう何度となくノアを振り返る。
塔へ向かうまでは自分を置き去りにしてスタスタと先を歩いて行ってしまったくせに……。今、自分を見つめるイヴァンの瞳はとても優しい。
──本当になんだっていうんだよ。
こんなイヴァンを見てしまうと調子が狂ってしまうのだ。先程から冷たくされたり優しくされたり。どうしたらいいのかわからなくなってしまう。
両親を手にかけたイヴァンとは、もしかしたらこの男は別人なのではないだろうか? と勘繰ってしまう程だ。
「もう何がなんだかわかんねぇ」
ノアは目頭が熱くなるのを感じた。
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