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箱庭②
「ノアよ、着いたぞ」
「はぁ、ようやくかよ……」
ノアが額に滲んだ汗を拭いながら大きく息を吐く。永遠に続くと思われた階段にも、どうやら終わりがあったようだ。
イヴァンとアッシュは普段から鍛練しているのだろうか? 息一つ乱れていなかった。
「ノア、私が其方の為に用意した部屋だ。気に入ってもらえるといいが……」
「え? でも……」
「遠慮せずに入るがいい。其方だけの部屋なのだから」
そう言われても部屋へと入ることに戸惑いを隠せないノア。自分を監禁しておくための部屋は、一体どんな感じなのだろうか? そう考えるだけで、足に根が生えたように動かなくなってしまった。
「大丈夫だ、ノア。入るがいい」
そんな様子に気が付いたのか、イヴァンがそっとノアの背中を押す。ノアは不安を感じながらも一歩踏み出した。
「さぁ、入ってくれ」
子どものように瞳をキラキラと輝かせたイヴァンが、重たい扉を開く。その瞬間眩しい光が差し込んで、ノアは思わず目を細めた。
「……すごい……」
「そうだろう? ここが其方の為に私が用意した『箱庭』だ」
ノアの目の前には想像もしていなかったような世界が広がっていた。
箱庭とは、花食みが花生みを囲うための部屋や空間のことを言うが、実際にノアが箱庭を目にしたのは初めてである。
一面ガラス張りの窓からは燦燦と日差しが差し込み、果てなく広がる庭園を一望することができた。遥か遠くには、頂上に雪を讃えた山脈も見える。
ドーム型の天井にはたくさんのプランターが吊り下げられ、大輪を開いた蘭が頭上から甘い香りを漂わせていた。
床には所狭しと観葉植物が置かれ、日光を受け新芽がキラキラと輝いている。部屋の中央には庭園で見かけたものと似ている噴水が、水しぶきを上げていた。
噴水の横には高級そうなテーブルと、椅子が二脚置かれている。
あまりにも広い箱庭に、ノアは言葉を失ってしまった。
「なんだ、ここ。これが室内なのか……」
ノアは呆気にとられてしまい、呆然と部屋の中を見渡した。
「でも、こんなにもたくさんの植物を一体どこから?」
ノアは庭園の植物が枯れ果てていたことを思い出す。これだけの植物を集めるのは、きっと大変だったことだろう。
「其方の喜ぶ顔が見たくて、遥か遠くの国から取り寄せさせた。かなり時間がかかってしまったがな」
「そっか……」
自分の為……。そう思うと嬉しいという思いよりも、申し訳ないといった思いのほうが強くなってしまう。それ程までに、今のクルゼフ王国の植物は危機的な状況に置かれているのだから。
「──あ、ダルメアの像じゃないか」
「ああ。其方がわざわざ教会まで行かなくてもいいよう、祭壇も作らせた」
「すげぇ、綺麗な像だ」
部屋の片隅には祭壇が設けられ、ダルメアの像が設置されている。その穏やかな微笑みを見ていると、ノアは全身から力が抜けていくのを感じた。
祭壇の周りにはたくさんの薔薇が植えられており、神々しい香りを放っている。その神聖な光景に、ノアは思わず溜息を吐いた。
「どうだ? すごいだろう? こちらに寝室があるのだ。行ってみよう」
「え? ちょ、ちょっと待てよ」
「いいから早く来るのだ」
楽しそうにはしゃぐイヴァンが、ノアの手を引いて歩き出す。今にもスキップをしてしまいそうな足取りを見ていると、なんだか肩透かしを食らってしまう。
──これが、一国の王なのだろうか。
先ほどとはまたうってかわって、無邪気にも見える笑顔のイヴァンに、少しずつ絆されてしまっている自分に気が付いたノアは、大きく首を横に振る。
この男は、自分の両親を殺した仇なのだ。そう自分に言い聞かせながら、後を追う。
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