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箱庭③
部屋の一番奥にある、ガラス張りの扉を開けると目の前には石の階段が続いている。扉を開いたとき、むせ返るような花の甘い香りに包まれた。
石段を上りきると、たくさんのベゴニアがノアたちを出迎えてくれた。数えきれないほどのベゴニアは綺麗にプランターに植えられており、ざっと見渡すだけでも色々な種類があるようだ。
色も赤から黄色、それに可愛らしいピンク色のものまである。花生みのノアでもあまり見たことのない青紫色のベゴニアもあった。
「ここが寝室だ」
「寝室……」
「そうだ。其方がゆっくりと休めるよう、一番気を遣った場所でもある。それにしても、ベゴニアとはたくさんの種類があるのだな。これだけ集めるのは骨が折れたぞ」
「そりゃそうだろう? 俺だってこんなにもたくさんのベゴニアを見たことないぞ?」
思わず言葉を失ってしまいそうなほどの美しい光景に、ノアは立ちすくんだまま呆然とベゴニアを見つめた。
「それに、私も時々はここに泊まりに来る予定だからな」
「は?」
「いつかはここに住みたいくらいなのだ」
うっとりと目を細めるイヴァンの発した言葉に、ノアが眉を顰める。
『いつかはここに住みたい』という意味を理解することができずに、困惑したような表情でイヴァンを見上げるノア。
「なんで国王陛下が箱庭なんかに泊まりに来る必要があるんだよ? こんな所に来なくても、お妃がたくさんいるんじゃないのか?」
「ん? 妃、だと……?」
「そうだよ。国王陛下には、たくさんのお妃がいるんだろう? わざわざ男のとこに泊まりに来るなよ」
「──ほう、なるほどな……其方は何か勘違いをしておる」
「勘違い?」
イヴァンが「心外だ」と言いたそうに横目でノアを睨みつける。
「私に妃などおらぬ。先程も言ったであろう? 其方を大切にする、と。もし其方が私を受け入れてくれるのであれば、私は其方を妃として迎えるつもりだ」
「妃……?」
「そうだ。私たちはいつか夫婦になるのだから、寝室を共にすることは当然だろう?」
ノアは面食らった。それからすぐにわいてきたのは、どうしようもない怒りだった。
「……お前、それ本気で言ってるのか? 俺の両親を殺しておいて……! 誰が、親の仇を受け入れるっていうんだ!」
「ノア、その件については本当にすまなかったと思っている。いつか其方の傷が癒えたときに、どうか私を許してほしい」
「ふざけんなよ!?」
咄嗟に自分を抱き寄せようとしたイヴァンの腕をノアが力任せに振り払う。顔をぶん殴ってしまいたい、という衝動を必死に堪えた。
震える唇を噛み締めて、拳を強く握り締める。目頭が熱くなってきて、溢れ落ちそうになる涙を慌てて拭った。
「すまなかった、ノア……。私は他人に謝罪などしたことがない。だから、これ以上、どうやって其方に許しを請えばいいのかがわからない。だが、私は其方に許してほしいのだ」
ノアが何も言い返せないでいると、イヴァンが寂しそうに笑う。その笑顔に、なぜかノアの心が締め付けられた。
「本当にすまなかった」
苦しそうに言葉を紡いだイヴァンが、ノアに向かって深々と頭を下げる。国王陛下が頭を下げている……という事態が呑み込めないノアは、目を見開いてイヴァンを凝視した。
「陛下!? 何をなさるんですか!?」
近くで二人の様子を見守っていたアッシュが、イヴァンに向かって歩み寄る。そんなアッシュをイヴァンは無言で制止した。
「ノア。これからは其方を心の底から大切にする。だから、この箱庭で私のことを待っていてほしい」
口を一文字に結んだノアは、イヴァンから顔を逸らした。
「私は其方にできる限り会いに来るから」
静かに顔を上げたイヴァンがノアに向かって微笑む。それから遠慮がちに、ノアの頬に触れた。その瞬間、ノアの肩が小さく跳ねる。
「そして、いつか……。私は其方とブートニエールになりたい」
「俺とブートニエールに?」
しっかりと頷くイヴァン。
ブートニエールとは花食みと花生みが、恋人、または夫婦関係になることだ。しかし、花食みと花生みがブートニエールの関係になるためには、ある儀式が必要とされている。
その儀式のことを亡くなった両親に初めて聞かされた時、ノアは思わず仰天してしまったことを覚えている。それと同時に、自分には一生無縁のものだと感じられた。
大体、自分の両親を殺めた仇とブートニエールになるなんて、まっぴら御免だ。それでも、国王という高貴な身分でありながら、自分に深々と頭を垂れるイヴァンを見ていると、心がグラグラと音をたてて揺れてしまう。
本当に、今ノアの目の前にいる男は、イヴァンなのだろうか……。
「しかし、私は自分が思っていた以上に独占欲が強い花食みのようだ。可愛らしい其方を、この箱庭にずっと閉じ込めておきたい気分なのだから」
「なんだよ、それ……」
「私の花生み、大切にする」
イヴァンがあまりにも幸せそうに笑うものだから、ノアはその手をもう一度振り払うことはできなかった。
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