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第五話 タッピング①
「こんなの、無理だ……」
ノアは床に倒れ込む。
あの大きな瓶いっぱいのベゴニアを、限られた時間内に生み出すことなどできるはずもなく、疲れ切った体は限界を迎えていた。
ベゴニアを生み出すために、もうどれ程の涙を流したことだろうか? ノアの目は開けていられない程に腫れあがり、火傷をした時のように熱を帯びている。
最後の力を振り絞り、大切にしているハンカチーフを持ち噴水へと向かった。噴水の水でハンカチーフを濡らし、それを目に当てる。
「気持ちいい……」
冷たいハンカチーフは火照った目を冷やしてくれて心地がいい。それでも、すぐにノアの目の熱を奪って、温まってしまった。
「……もう、疲れた」
噴水の袂に崩れるように座り込む。体を起こしていることさえ億劫だった。
ノアがベゴニアを生み出すときには、強い痛みを伴う。それは、まるで目を抉られるような。熱した鉄を目に押し当てられるような。
言葉には表せない程の苦痛だった。
それでも、たくさんの人を幸せにしてあげることができる、と考えればその痛みを我慢することは、それほど苦しくはなかった。しかし、今は違う。
あの大きな瓶をベゴニアでいっぱいにするなど、苦痛以外の何ものでもない。それでも、自分がやり遂げなければクレイン夫妻の命が危うい。そう思えば、泣き言を言っている場合ではないのに。
一面の窓から差し込む日差しは、すでに赤く染まっていた。
「もうすぐ日が沈んじゃう……」
ノアは鉛のように重たい体を無理矢理起こす。恐らくベゴニアは瓶の半分もないだろう。それなのに、もうすぐハッシェルがこの瓶を取りに来てしまう。
それに、結局イヴァンは、あれから箱庭を訪れていない。
「花を生まなくちゃ……」
ふと顔を上げると、目の前にはダルメアの像が優しくノアを見つめていた。箱庭にあるダルメアの像は、瓶を脇に抱えたまま、右手を前へと差し伸べている。
思わず、その優しい手に縋りつきたくなった。
「駄目だ、花を生まなくちゃ」
そう思うのに、涙は枯れ果ててしまったのだろうか? ノアの真っ青な瞳から涙が流れ落ちることはない。
「なんで、俺は花生みなんかに生まれてきちまったんだ。畜生、畜生……!」
ノアはハンカチーフをきつく握りしめながら、自分の運命を呪ったのだった。
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