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リヴィア教会のソフィア②

 特にやることもなく、今日も一日が終わりを迎えようとしている。時々アッシュや使用人が様子を見に来てくれるものの、これといってやることなどない。箱庭に所狭しに植えられている花を眺めていることが、唯一の楽しみだった。  ノアがきちんと手入れをしているため、箱庭の草花は生き生きと輝いて見える 「つまんない」「なぁ、することあるか?」と草花に話しかけてみるものの……。当然、返事はない。花生みといえども、草花と会話をすることはできないのだ。 「わぁ、綺麗だ」  夜になるとリヴィア教会に明かりが灯る。昼間日光を浴びて輝くステンドグラスも綺麗だが、ランタンの淡い光が漏れ出る風景もノアは好きだった。 「……いつ、連れてってくれんのかな……」  ノアは窓の近くに座り込み、膝を抱える。この箱庭に来て以来、外に出たことはなかった。  しばらくリヴィア教会を眺めていると「調子はどうだ?」とイヴァンがやってくる。イヴァンはあれ以来、公務が終わると必ずノアがいる箱庭にやってきてくれるようになった。  一度「国王陛下は暇なんだな?」と嫌味を言ってやったが「努力して其方に会いに来ているのだ」と笑っていた。  ノアも一国の王が暇だなんて思ってなどいないが、嫌味の一つでも言ってやりたくなる。それでも、いつの日かイヴァンを心待ちにするようになっていた。 「医師から、其方の体調がなかなか優れないと聞いたが大丈夫か?」 「ごめん、まだ花を生み出すことができなくて」 「大丈夫だ、気にすることはない。其方は静養に専念してくれ」  イヴァンはノアの隣に座り込んで肩を抱いてくれる。きっと家臣が床に座り込むイヴァンの姿を見たら怒り狂うことだろう。普段は国王陛下らしく威厳に満ち溢れているイヴァンだが、ノアの前ではそんな姿は影を潜めてしまう。 「……夜、なかなか眠れないんだ」 「眠れない? それは良くないな。花生みはよく眠り、日光浴をすることで花を生み出す能力を維持するものだろう」 「わかってる。わかってるけど……!」  ノアは、心配そうに自分の顔を覗き込むイヴァンを睨みつけた。 「毎晩悪夢を見るんだ」 「悪夢だと?」 「あぁ……お前が両親を殺した日の夢を、な」  重い沈黙が流れる。ノアはイヴァンから目を逸らし、顔を伏せた。 「早く忘れたいのに、何度も同じ夢を繰り返し見てしまう。その夢を見て、何度うなされながら飛び起きたことか……。だから、眠れないんだ」 「そうか……。それはすまなかった」  イヴァンはノアの両手を握り締めたまま黙って俯く。その姿はノアが見ても痛々しいほどで、胸が痛む。  そして、思う。この男は、本当に自分の両親を殺したあの男なのだろうか……と。  あの氷のような冷たい笑みを浮かべ、人を殺めることに全く抵抗を感じないあの男と、今自分の罪を悔い、唇を噛み締める目の前の男が同一人物だとは思えないのだ。 「ノア、来るがいい」 「え?」  突然イヴァンに抱き寄せられ、膝の上に座らされる。予想もしていなかった出来事に、ノアの鼓動がどんどん速くなっていく。咄嗟にイヴァンから体を離そうとしたが、自分を抱き締めるその腕はひどく優しい。そんなイヴァンの腕の中から逃げ出すことなんてできなかった。 「ノア、すまなかった」 「…………」 「タッピングをするから、私を受け入れてくれ」 「でも……」 「大丈夫だ。私の其方を大切にしたいという思いは変わらない」  苦しそうな表情を浮かべるイヴァンを見ると、ノアの心は張り裂けそうになる。悪いのはこいつなのに……と頭では理解しているのに、イヴァンを拒むことができない。 「……わかった。受け入れる」  頷きながらノアは全身の力を抜く。タッピングを行うとき、花生みが花食みを信頼し享受の姿勢をとることで、より効果がもたらされるとされている。  慣れるまでイヴァンに体を委ねることに恐怖心を抱いていたが、毎晩自分の元を訪れてはタッピングを施してくれるイヴァンに、ノアは心を開きつつあった。  イヴァンの端正な顔立ちに目を細めながら、ノアはその頬に恐る恐る手を伸ばしてみる。 「私の大切な花生みよ、早く元気になっておくれ」 「ん、んん……くすぐったい……」 「少し我慢するんだ」  イヴァンの唇が額や頬、首筋に触れる感覚がむず痒くて、ノアは思わず肩を上げる。でもイヴァンは決して、ノアが嫌がることはしてこない。 「早く其方と口づけを交わしたいものだ」 「……馬鹿か。そんな日、来ねぇよ」 「ふふっ、それは残念だな」  ノアは、まるで子どものようなこんな戯れ合いを心地よく感じていた。 「また明日も来るから待っておれ」 「別に、待ってなんかねぇし」 「でも、必ず其方に会いに来る」  イヴァンを許してなどいないし、信用などしていない。何度も自分にそう言い聞かせるのだが、ノアの口角は自然と上がってしまう。  イヴァンを憎む心と、そんなイヴァンに心を許してしまっている自分。相反する思いが心の中でせめぎ合い、息もできないくらい苦しい。 「お前なんて大嫌いだ」  その時ノアの瞳から一筋の涙が頬を伝う。その涙は美しいベゴニアの花となって、絨毯の上に落ちた。

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