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リヴィア教会のソフィア③

「なぜ騎士団長である私が子どものお守など……」 「はぁ? なんだよ、その言い方。国王陛下からの命令なんだろう?」 「それはそうですが、納得がいかないのです」  アッシュは先程からぶつぶつと文句を言い続けているが、ノアの足取りは軽い。今日ようやく、イヴァンからリヴィア教会へ行くことの許可が下りたのだ。  何日かぶりに踏みしめる地面の硬さと、降り注ぐ日差しに感動さえ覚える。 「あぁ、やっぱり外はいいなぁ」  ノアは鼻歌を口ずさみ、足取りも軽い。庭園にある畑の近くを通りかかったとき、「もしや、貴方がノア様でしょうか?」という声が聞こえてくる。ノアが声のする方を向くと、大勢の農民が畑仕事の手を止めて、こちらに向かって深々と頭を下げていた。  一体何事だ? とノアが目を見開いていると、一人の男が口を開いた。 「ノア様がこの前生んでくださったベゴニアを畑に蒔いたところ、小麦が芽を出しました。見てください、こんなにもすくすくと育っています。これもノア様のおかげです。ありがとうございます」 「ありがとうございます!」 「ノア様、ありがとうございます!」  いつしかノアへの感謝の声は広い畑に響き渡るほどとなり、ノアは思わず胸が熱くなるのを感じる。 「よかった、俺も誰かの役に立てているんだ」  胸が熱くなり、溢れ出しそうな涙を手の甲で拭う。 「よかった! 俺のほうこそありがとう!」  ノアは農民たちに向かい大きく手を振る。ノアがこの城にやってきたとき、あの畑の作物が枯れ切っていたことを思い出す。  今年は豊作になってほしい——。そう願わずにはいられない。  それから隣を相変わらず仏頂面で歩くアッシュにそっと声をかけた。 「なぁ、俺。少しでも誰かの役に立てているかな?」 「なにを今更。今の人々の笑顔が貴方には見えなかったのですか?」 「そっか……。よかった」  ノアは嬉しくなってしまい、リヴィア教会に向かう足取りは、一段と軽いものになったのだった。  リヴィア教会は今から数百年前に建てられたという、古い教会だった。いつも箱庭の窓から教会の外観しか見たことのなかったノアは、緊張のあまり扉の取っ手を持つ手が自然と震えてしまう。 「落ち着け、落ち着け」  と深呼吸をしていると、「さっさと参りましょう」とアッシュが重そうな扉を軽々と開けてしまう。ノアが一歩教会に足を踏み入れると、その煌びやかな雰囲気の中に感じる重厚感に思わず息を呑んだ。  天井はアーチ形をしており、窓には美しい装飾を施されたステンドグラスがはめ込まれていた。ステンドクラスは日差しを受け、ユラユラと床に波紋を浮かび上がらせている。床には赤い絨毯が敷かれ、両脇には長椅子が設置されていた。  全体的に暖色系の色で統一された教会は、ひどく居心地がいい。 「凄い……。これがリヴィア教会か」  ノアは言葉を失い、広い教会の中を見渡す。目の前には穏やかな笑みを浮かべたダルメア像と、立派な祭壇がある。厳粛な思いを胸に刻みながら、ノアは祭壇へと歩を進めた。 「もう気が済みましたか? 帰りましょう?」 「え? もう帰るのか? もう少しゆっくり教会が見てみたい」 「まったく……。もう少しだけですよ」 「うん」  ノアはダルメア像の前まで出向き、静かに跪き指を組む。今までいくつかのダルメア像を見てきたが、こんなにも立派で、穏やかな笑みを称えたダルメア像をノアは見たことがなかったのだ。 「綺麗だなあ……」  誰もいない教会は静寂に包まれ、まるで異世界に迷い込んでしまったかのような錯覚に襲われた。  するとそこに、静かに近づく人影があった。ノアがその人影に気がつくと、目が合ったその人物は、恭しく一礼をしてくる。 「ノア様がわざわざ教会まで足を運んでくださるなんて恐縮です」  ノアはその顔を覚えていた。城に来たときに、美しい人だなと思った記憶がふと蘇る。 「あなたは確か……ソフィア司祭」 「覚えていてくださったんですか? 顔をお見せしただけでしたのに……改めましてノア様。このリヴィア教会で司祭をしております、ソフィアと申します」 「あ、えっと……はじめまして」  まるでダルメア神を連想させるような柔らかい雰囲気をもつ青年を前に、ノアは少しだけ緊張をしながらも頭を下げる。 「こうやってお会いできるなんて光栄です。以後お見知りおきを」 「あ、あの俺、そんなに凄い人間じゃないですから! ソフィア司祭、頭を上げてください」  自分に向かい深々と頭を下げるソフィアにノアが慌てふためていると、ソフィアがクスクスと笑い出す。 「ノア様はお優しい方ですね」 「そ、そんなこと……」 「ノア様のベゴニアの花のおかげで、小麦畑に芽が出たと農民たちが喜んでおりました。僕も花生みですが、ノア様ほどの力は生憎持ち合わせていません。ですから、本当にノア様を尊敬しているのですよ」 「そんな……。なんだか恥ずかしいです」  こんなにも綺麗なソフィアに面と向かって褒められると、なんだか恥ずかしくなってしまう。ノアの頬は徐々に熱を帯びていく。 「もし、よろしければ教会のお庭も見ていきませんか?」 「教会に庭があるんですか?」 「はい。今ではすっかり草花も枯れてしまいましたが……」 「そうですか。でも……」  ノアが隣にいるアッシュにチラリと視線を向けると、眉を顰めながらも「ご自由になさってください」と唸るように呟いた。 「よかった。じゃあ、決まりですね。ノア様、こちらへどうぞ」 「ありがとうございます」  ソフィアに腕を引かれ、二人で教会の庭へと向かう。その後ろを、ブツブツと文句を言いながらアッシュが続いた。 「これは酷い」 「今はこんな風になっていますが、昔はたくさんの花が咲き乱れる、それは美しい庭園だったのです」  ソフィアに連れられてきた庭は、教会のすぐ脇にあった。今、花壇にある草花はどれも枯れ果ててしまっているが、以前は様々な花が咲き誇る素敵な庭だったに違いない。それを思うと、ノアの心は締めつけられた。 「可哀そうに、土がやせ細っている。これではいくら種を蒔いたところで草木も育たないでしょう」 「ええ。僕の花生みとしての力がもう少し強ければよかったのですが……いくらを蒔いたところで、芽を出してはくれませんでした」  寂しそうに顔を歪めるソフィア。同じ花生みだからだろうか? ノアはソフィアに親近感を抱いていた。 「ソフィア司祭はどうやって花を生み出すのですか?」 「ふふっ。僕が花を生み出すところが見たいですか?」 「はい。是非見てみたいです」 「では、お見せしましょう。ただ、ノア様と違い立派な花を生み出せるわけではないので、笑わないでくださいね」  照れくさそうに頬を赤らめるソフィアを見ていると、ノアは意味もなくドキドキしてしまう。ソフィアは同性にも関わらず可憐な少女のようにも見えるのだ。  本当に、ダルメア神のようだ……と、ソフィアに見とれてしまった。 「では、いきますね」  ソフィアが両手を口元に持っていき、ふうーっと息を吐きだす。その時教会の庭に生えている木の葉がさわさわと音をたてて揺れた。  次の瞬間、ノアの周りを甘い花の香りが包み込んだ。 「はい。ノア様。これが僕の花です」 「わぁ、なんて綺麗なダリアなんだろう」 「ふふっ。僕は息を吐き出すことで花を生み出すことができるのですよ」 「凄い……。とっても綺麗ですね」 「でも、花を生み出す際に、強い痛みを喉に感じます」 「あぁ、やっぱり……」  ソフィアの両手には白やピンク、赤や黄色のダリアがたくさん載っている。その可愛らしいダリアの花に、ノアは目を細めた。 「でも残念ながら、僕のダリアを植えたとしても小麦を作ったりなどはできません——。だから、僕はノア様にとても期待をしているんです。ノア様、頑張ってくださいね」 「はい。ありがとうございます」  お世辞かもしれないが、こんなにもの立派な司祭に褒められたノアは、天にも上ったような気分になってしまう。自分の力が誰かの役に立てる、ということが嬉しかった。 「ソフィア司祭。また明日ここに来てもいいですか?」  やりとりを見守っていたアッシュが、ぎょっとしたような顔をしたのを、ノアは視界の端に捉えていたが見なかったことにした。 「はい。是非いらしてください。今度はハーブティーをご馳走しますね」 「楽しみだなぁ」  ソフィアがノアを見つめながら、まるで可憐な花のように微笑んだのだった。

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