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リヴィア教会のソフィア⑦
ノアは教会の扉を開ける前にもう一度辺りを見渡し、誰かにつけられていないかを確認する。幸い人の気配を感じなかったため、教会の重たい扉を開いた。ゴゴゴゴッという重たい音と共に、ゆっくりと扉が開かれる。
ステンドグラスは変わらず日差しを受け、床にユラユラと美しい波紋を映し出し、優しい笑みを浮かべたダルメアの像がノアを迎え入れてくれた。
「相変わらず綺麗だな」
ノアはステンドグラスを横目に、ゆっくりと祭壇へと歩を進める。その厳かな雰囲気に、ノアの心が癒されていくのを感じた。
「おや、ノア様ではないですか?」
「あ、ソフィア司祭。今日はアッシュが来られないというので、ソフィア司祭が教えてくれた秘密の通路を通ってここに参りました」
「──そうですか。誰にも見つからず、上手くいったようですね。ではお茶の準備をしましょう」
「はい。ありがとうございます」
教会の奥にある部屋へと姿を消したソフィアを見送ってから、ノアはもう一度ダルメア像を見つめる。
「豊作の神、ダルメアよ。いつかまた、俺が花をたくさん生み出せるよう見守っていてください」
そう呟いたとき、教会の外が突然騒がしくなるのを感じる。大勢の人の声に、たくさんの馬の蹄の音。その異様な雰囲気にノアは息を呑んだ。
──一体なんだ……。
恐怖から、自然とノアの体に力が籠る。ソフィアが戻ってくる様子はないし、ノアがどこかに隠れようと辺りを見渡していると、バタンッと大きな音と共に、教会の扉が開け放たれた。
「わぁぁ‼ い、一体なんだ!?」
その扉を開ける大きな音に、ノアの体は大きく跳ね上がる。
「探せ‼」
という声と共に、大勢の人々が一気に教会へと流れ込んでくるのを感じた。
この場から逃げ出したいのに、足に根が生えてしまったかのように動くことすらできない。腰が抜けてしまったノアは、その場に座り込んでしまう。全身がカタガタと震え、声を出すこともできずに、その場に体を縮こまらせた。
「いました! 国王陛下!」
大きな叫び声と共に、自分の周りに人が集まったのを感じた。ノアはあまりの恐怖に顔を上げることすらできない。そんなノアの頭上から、聞き慣れた声が聞こえてきたのだった。
「こんな所にいたのか、ノアよ」
「こ、国王陛下……」
「其方の世話をしている家臣たちが、其方が箱庭からいなくなったと血眼で探しているぞ。まさか、こんな所にいたとはな」
「……ッ、ぁあ……」
今、目の前にいるイヴァンはノアが普段見ているイヴァンではなかった。
立派な鎧に身を包み、腰には大きな剣を下げている。それはまさに戦場へと出向く、騎士そのものだ。彼の後ろには大勢の騎士たちがおり、イヴァンのすぐ脇にはアッシュが立っている。
今自分を見下ろしているのは、普段のように柔らかな笑みを浮かべるイヴァンではなく、ノアの両親を殺めたイヴァンだった。
「ノアよ、其方はどうしてここにいる」
「あ、あの……」
「いいから答えるんだ!」
まるでその場の空気が震えるような大声に、ノアは恐怖から動けなくなってしまう。呼吸が上手くできなくて、息苦しい。
「其方の命を狙っている者がいるかもしれぬから、教会に来るときはアッシュに同行してもらうように言わなかったか?」
「でも、今日アッシュは忙しいからって……」
「そんな言い訳はいい!」
イヴァンは相当逆上しているようで、近くにある長椅子を力強く蹴り上げる。そのけたたましい音に、ノアの体は跳ね上がった。
ソフィアに教わった抜け穴を使った、などと言ったら、ソフィアがどんな罰を受けるか想像もつかない。絶対に言ってはならない……。ノアは唇を噛み締めた。
今のイヴァンは、あの日ノアの両親を殺めたイヴァンそのものだ。毎晩箱庭にやって来ては優しくタッピングを施してくれたイヴァンではない。やはり、今ノアの目の前で怒り散らす彼こそが本当のイヴァンなのかもしれない。
「国王陛下、どうかノア様をお許しください」
ノアの元へと戻ってきたソフィアがノアを庇ってくれるものの「貴様には関係のないことだ!」と華奢な体を突き飛ばした。
「ソフィア司祭!」
ノアがソフィアの元へと駆け付けようとしたとき、ものすごい力で体を何者かに引き寄せられた。
「お前は箱庭へと戻るぞ」
「で、でも……」
「私の言うことが聞けないのであれば、罰を与える。わかったな?」
ノアはあまりの恐怖に頷くことしかできない。
イヴァンはやはり国王陛下なのだ——と、今更ながらに思い知る。ノアはそんなイヴァンが恐ろしくてならなかった。
「ノアよ、箱庭に戻るぞ。皆が心配している」
「……はい」
ノアはイヴァンに腕を掴まれ、箱庭へと連れ戻されてしまう。心配になりソフィアを振り返ったが、不安そうな表情をしながらノアのことを見守っていた。
箱庭に戻ると、普段ノアの世話をしている家臣たちが真っ青になりながらノアのことを探していた。イヴァンにより連れ戻されたノアを見た家臣たちは、「ノア様、よくぞご無事で」「本当によかったです」と皆が皆、涙ながらに喜んでくれたのだった。
「いいか、ノアよ。これからもアッシュが同行する以外に箱庭の外に出ることは禁止とする」
「……わかった。心配をかけて悪かったよ」
ノアが素直に謝罪をすると、イヴァンは箱庭の扉へとさっさと向かっていく。その冷たい言動に、ノアは泣きたくなってしまった。
「それから、これからは勝手に箱庭から出られないよう外から扉に鍵をかける」
「え?」
「国王の命令に背いたのだ。これくらいの罰で済んだことを感謝してほしいくらいだ」
「わかった……」
言葉ではわかったつもりだが、ノアは悲しかった。これでノアの自由は完全に奪われてしまったのだから。
「今晩も、公務が終わったら会いに来るから待っていろ。いいな?」
「……はい」
「では私が来るまでここで大人しくしているんだ」
イヴァンが部屋を出た直後、外からガチャッと鍵を閉める音が響き渡る。その無機質な音にノアの心が締め付けられて、幾筋もの涙が頬を伝う。
「俺は、籠の中の鳥じゃない」
ノアの頬を伝った涙は美しいベゴニアの花へと姿を変えて、音もなく絨毯の上へと落ちていった。
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