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第三節 事故
荻野は近所の農園に職を見つけた。近所のといっても、この辺りは農場と牧場と、貯蔵用の巨大なサイロがあるくらいで、仕事はもちろん、娯楽用の施設もない。この町で働こうと思うなら、自ずと選択肢は決まってくる。
以前はどこで何の仕事をしていたのか。荻野は、車両と名のつくものなら大体何でも乗りこなすことができた。広大な土地で毎日重機を乗り回し、土を作ったり、収穫物の運搬をしたりしているらしい。
互いの生活に、必要以上の干渉はしない。共同生活を続ける上での、暗黙のルールである。同じ部屋で寝起きして、同じ釜の飯を食べていても、互いのことで知っていることは数少ない。
だからこれは、偶然が引き起こした不運な事故である。
「……なに、やってんだ」
帰ると、荻野が裸になっていた。リビングのテーブルに突っ伏して、うんうん唸っている。蒼褪めた杉崎と目が合うも、悪びれる様子はさらさらない。むしろ開き直って、杉崎に尻を向けてくる。
「なにって……てめぇも男なら分かるだろ」
「わ、わっかんねーよ! つか、なん、なんでケツに……」
尻の穴を、薄桃色の物体が蓋をしている。それが何なのか、ぱっと見て分からないほど、杉崎は無知ではないし、初心という年齢でもない。実物を見るのは初めてだが、これはいわゆる──
「ディルドってやつだ」
杉崎の心を読んだのか、荻野が答えた。
「そ、そりゃ、見りゃ分かるけど……」
「好きなんだよ。ここを慰めるのが」
「な、なぐさめ?」
「ケツ、いじらねぇと……前だけじゃイけねぇから」
「なっ……」
言っている意味が分からない。脳が理解を拒んでいる。そんな杉崎を置いてきぼりにして、荻野はディルドを動かした。
「あん、あっ、そこ……」
「てめっ、気色悪い声で喘いでんじゃねぇ! ここは俺ン家だぞ!」
「っせぇなぁ……てめぇこそ、急に帰ってくんじゃねぇよ。ちょうどイけそうだったのに、集中力が削がれただろうが」
「この状況で強気ィ!? むしろ尊敬するわ!」
「くそっ、せっかく……てめぇの留守を狙ったってのに、っ……帰りがはえぇんだよ。莉子と映画じゃねぇのかよ」
「映画は見たけど……なんか、見たいテレビあるの忘れてたって言うから、夕飯は食べないで帰ってきた」
「ッ、そうかよ……」
今日は莉子と映画を見てきた。そのことを荻野が覚えていたことを、杉崎は意外に思った。出かける際に一言かけはしたものの、どうせ聞き流されていると思っていた。
「おい、ぼさっとしてねぇで、とっとと出てけ」
「なっ、なんで俺が!? てめぇが出てけや」
「こんな状態のおれをほっぽり出すのか? てめぇ、鬼畜か?」
「その一人遊びを今すぐやめろってんだよ! 逆になんで続けてんの!?」
「言ったろ。もうちょっとでイけそうなんだよ……」
「それまで俺にどうしろと!? てめぇのケツ眺めてろってのかよ!」
「はッ……はやく終わってほしけりゃなぁ、その手でも貸してみろってんだ」
「て、手ェ貸せって?」
「わかるだろ。自分でするより、だれかに乱暴された方が……気持ち、いい」
杉崎は生唾を呑み込む。この状況でなぜ唾が溢れるのか、自分でも分からなかった。心と体は、必ずしも繋がっていないのかもしれない。
「あ゛っ!?」
荻野が悲鳴に近い声を上げた。びくんと仰け反った腰を捻って、後ろを振り向く。杉崎の手が、薄桃色の出っ張りを掴んでいる。軽く引き抜き、奥まで押し込むと、ひどく粘着いた音が漏れた。
「あっ、ま、すぎさ──」
「ああ? 手ェ貸せってなぁ、こういうことだろうが」
「あ゛、っんぐ……!」
杉崎は、荻野が自分でしていたのよりもずっと激しく、ディルドを抜き差しした。薄桃色の、男性器を模したそれは、ローションを纏っててらてら光る。カリ首を引っ掛けるように引き抜いて、根元まで深く押し込むと、荻野は苦しそうに息を喘がせ、カクカクと腰を揺らした。ぐちゅぐちゅと粘着いた音が、ピストン運動に合わせて響く。荻野の、不健康なほど蒼白い肌が、茹だったように赤い。首筋から、肩、背中、やたらと丸い尻も、湯気が立ちそうなほど真っ赤だった。
「も、っと、もっとつよく」
「わがまま言ってんじゃねぇよ、このアバズレが。とっととイけ」
「そこ、ァッ、おなかがわ、のとこ、ッ、つよくしろ」
「マジでわがままだな?」
下腹を裏から押し上げるように切っ先を擦り付ける。荻野は叫ぶような嬌声を発した。
「そこぉ゛ッ、んん゛ン……いいっ、きもちいい……っ!」
「へーぇ。ここぐりぐりされんの、そんなにいいんだ」
「い゛っ、あ゛、いく、いくっっ──」
荻野の手が、固く反り立つ自身へ伸びた。数回扱くと、一際大きく腰を震わせ、果てた。
白濁が右手を汚す。テーブルにぐったり突っ伏して、息を収めようと激しい呼吸を繰り返す。ずるりと抜け落ちたディルドが床に転がる。透明な粘液が糸を引いて伝い落ちる。
やはり、心と体は必ずしも繋がっていない。杉崎の両手は、荻野の腰を掴んでいた。彼がそのことに気づき、振り向いて制止する間も与えずに、杉崎は、そそり立った自身を彼の中へとねじ込んだ。
いきなり体を暴かれた衝撃に、荻野は一瞬呼吸を止め、咽ぶような息を漏らした。掠れた声が喉を鳴らす。恨めしげに杉崎を見やる。
「てめ、ヤッていいとは一言も」
「手伝った礼だろ。付き合えよ」
「イッたばっかだぞ、だめに決まって」
「ちょうどいいじゃねぇの。しっかり締めろよ」
「ふざっけんな、やめろ! だめだっ、だめっ、やっ、やっ、あ゛ぁっ──」
荻野は、あっという間に気をやった。男の穴も女の穴も、さほど違いはないらしい。きつい締め付けに歯を食い縛り、杉崎は腰を振り立てる。
「い゛っ、やっ、まてっ、もっと」
「もっとだぁ? ここがイイんだろーが」
「ちがっ、ンぅ゛ぅ、やめっ、はげし」
「腹ぶち抜くくらい強くしてやっから。好きなだけイけよ」
「やぇ゛っ、や゛ッ、いきたぐなっ──」
逃げを打つ荻野の片腕をねじり上げて押さえ付ける。背後からの激しい突き上げに耐えながら、荻野は数回苦しげに咳き込んだ。杉崎は構わず腰を打ち付ける。肉体のぶつかり合う音、体液の混ざり合う音、テーブルの脚が軋む音、それから、荻野の押し殺した嬌声と、時折漏れる甘い吐息と、むっとするような熱気とが、室内を満たしていた。
ようやく冷静になった頃、杉崎の眼前に広がるのは、惨状としか言えない光景であった。ぜえぜえと荒い息をしながら力なくへたり込む、荻野の後ろ姿。尻のあわいから溢れたものが、カーペットを汚している。どろり、どろりと、尽きることなく溢れてくる。テーブルの上は、汗と唾液と精液と、少量の胃液の混じったようなものが、まだらの染みを作っていた。
これは、とんでもないことをしてしまったのではないか。背筋に氷を当てられた気分だ。ここまでするつもりはなかった。この男と一線を越えたなどと、事が済んだ今になっても悪い冗談に思える。しかし、目の前に広がるこの惨状が現実だ。改めて、気が遠くなる。
「……めちゃくちゃしてくれたな」
ひとまずタオルを濡らして荻野の身を清め、ソファに寝かせた。その他の後始末をしている最中、嫌みを言えるくらいには体力の回復したらしい荻野が、口を開いた。
「……謝んねぇぞ」
「謝れとは言ってねぇだろう。だが、礼はほしいな」
「礼ぃ? んなモン、むしろ俺の方が」
「溜まってたんだろ。男のケツにおっ勃てるくらいには。何回ナカに出したと思うんだ。腹が重たくてしょうがねぇ」
「い、一応掻き出したんだけど」
「てめぇのチンポは、親指サイズなのかよ。指じゃ届かねぇとこまでぶち込んだだろうが」
杉崎が苦い顔をして舌打ちをすれば、「怖ぇ顔すんなよ」と荻野は笑う。
「ちょうどいいじゃねぇか、お互いに。てめぇは、そいつを埋める穴がほしい。おれは、ケツを埋める棒がほしい。ソレも悪かねぇんだが」
ソレ、と荻野は床に転がしてあったディルドをつま先で突つく。
「自動で動く分、てめぇの粗末なモンの方がいくらかマシだ」
「てめぇ、黙って聞いてりゃ好き放題言いやがって」
「不満か? 性処理に付き合ってやるって言ってんだ。この辺りには女と遊べる店もねぇ。そもそも若い女がいねぇ。それらしいのは、ばあさんがやってるスナックぐらいのもんだ」
ああでも、と荻野は思い出したように言う。
「いたな。手近に一人、若い女が。お前、あの娘とはどこまで──」
荻野が言葉を続けることはできなかった。素早く飛び出た杉崎の右手が、その首を締め上げたためである。
「てめぇ、その口二度と利けねぇようにしてやろうか」
万力のような力を込めて締め付ける。荻野は脂汗を浮かべて薄ら笑った。瞼を痙攣させながら、真っ直ぐに杉崎を見る。馬乗りになり、体重をかけて押さえ付けると、荻野はようやく苦悶の色を浮かべた。頸動脈の力強い脈動が伝わってくる。このまま首をへし折ってやろうかと、本気で思った。
「……いいぜ」
杉崎は呟く。喉元を絞め上げたまま、荻野の唇に噛み付いた。
「乗ってやるよ。そのくだらねぇ挑発に。てめぇは今日から、俺専用肉便器だ」
「……」
荻野は唇を拭いながら、「専用とは言ってない」と呟いた。
「違ぇの!?」
「大体、この流れでガキみてぇなキスしてんじゃねぇよ」
「別にそういうつもりじゃねぇけど」
「どうせなら、こういうのがいい」
既に力の緩んでいた杉崎の手を払いのけると、荻野は杉崎の胸倉を掴んで引き寄せた。舌を入れるキスをしながら、背中に手を回して抱き寄せる。彼の手首には、杉崎が力任せに掴んで押さえ付けたためにできた青い痣が、指の形をくっきりと残していた。
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