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第五節 獣

 職業柄、杉崎も荻野も休みは不規則になりやすく、休日が重なることは稀である。少し前までは、休日まで男と顔を合わせるなんてぞっとしないという理由で、稀に休日が重なったとしても、別々に過ごしていた。最近では、莉子との約束がある日を除いて、日がな一日男同士で見つめ合っているなんてこともざらにある。そう改めて考えると、ぞっとする。   「っ、おい、いい加減に……」    荻野が息を切らして囁いた。杉崎は、逃げる腰を押さえ込む。   「いい加減に、なに? やめてほしいならそう言えば」 「程度ってモンを考えろ。昨日の晩から、ヤりっぱなしだろうが……っ」 「一応休憩は挟んだだろ? お前が意識飛ばすから」 「こっちは疲れてんだよ」 「俺だって疲れてるよ? けど、お前が煽るだけ煽ってヤらせてくんねぇから、ちょっと溜まっちゃってんだよね。だから付き合え」 「ははっ、中坊かよ、てめぇは。女湯覗いて鼻血出す口か」 「だったらお前は露出狂だな」    荻野の膝裏を掴んで持ち上げる。荻野は足をじたばたさせて抵抗しようとするが、杉崎の太い腕はびくともしない。荻野の足首をがっしりと掴み、空中で固定したまま、自分本位に腰を振る。深い角度で密着する。   「ッ、くそ、どすどす突くな、腹ァ破れるっ……」 「痛ェのが好きなんだろ? それに、ココが好きって知ってるぜ? 最初に教えてくれたから」 「だから、って、この体勢、きついんだよ、ッッ──」    びくっ、びくっ、と太腿が痙攣する。腹筋が引き攣れる。達したのだと一目で分かる。   「ぅ゛、くっ……」 「イキまくってるくせに、なんの文句があんだよ。好きなんじゃねーの」 「っ、も、イキすぎて、つれぇ……ッ、出るもんも、出ねぇ、し……っ」 「あー、確かに? ずっとナカだけでイッてんだ。女の子じゃん」 「っ、せぇ……ぁ゛、ぅ゛ぐ、また、ァ゛──ッ」    喉はガラガラ。声はガサガサ。髭が少し伸びている。触ればザラついているはずだ。渇いた砂をまぶしたように。  ひゅっ、と荻野の指先が風を切った。伸びた爪が、杉崎の頬を引っ掻いた。つう、と熱い血が伝う。時間差で痺れが走る。  すう、と杉崎の目から色が抜ける。その目を見て、荻野は確かに微笑んだ。彼の黒い瞳が、確かな愉悦を帯びて窄まる。   「ふうん。そういう感じね」    抑揚のない声で言う。杉崎は荻野に四つ足をつかせ、背後から押さえ込んだ。これ以上抵抗できないように、両腕をまとめて後ろ手にねじり上げる。それでもまだ暴れようとする荻野の足を、自身の両足で押さえ付ける。上から押し潰すようにして、挿入を深めていく。  体の自由を奪われて、荻野は枕に顔を擦り付ける。杭を打ち込むような抽送にされるがまま、人形のように揺さぶられる。時折体を痙攣させては、体のあちこちから汁を散らす。  枕に頬を押し当てながら、荻野は肩越しに杉崎を睨む。杉崎は、彼の高く突き出された尻を、思い切り引っ叩く。ばちん、と湿った打擲音が響く。白い尻が赤く腫れて、じんわりと熱を持つ。   「やっぱどうしようもねぇ変態だな」    嘲笑交じりに杉崎は呟いた。最奥を穿ち、もう何杯目か分からない精を注ぎ込もうと、大きく腰を引く。その時である。  間抜けな音で、玄関チャイムが鳴った。ドキッと心臓が脈打った衝撃で、意図せず達してしまった。びゅく、びゅくん、と数回に分けて精液が迸る。その熱に導かれて、荻野も甘い声を発する。「あ、あっ」と短く喘ぎながら、腰を震わせる。   「なかっ、ぁ、なげぇ……」 「くそっ、止まんねぇ」    再びチャイムが鳴り、杉崎は息を凝らす。荻野は、チャイムの音が聞こえていないのか、さらに奥へと誘うように腰を揺らめかせる。  静かにしてろ、と一発殴りそうになった時だった。「遥ちゃん?」と澄んだ少女の声がした。  瞬時に、腹の底が冷たくなった。頭から氷水をぶっかけられたが如く、脊椎から指の先まで冷えていく。  なぜ、莉子が家の前にいるのか。今日は何の約束もしていなかったはずだ。だからこそ、こうして獣のように貪り合っていた。そうでなければ、時間を忘れて男と絡み合うなんて、意味のないことはしない。  なぜ今。よりによって、彼女が。他の誰かなら、無視することもできたのに。   「遥ちゃん? いないの?」    不安そうにくぐもった声が、玄関ドアの向こうに響く。杉崎は部屋を飛び出した。  がらりと玄関の引き戸を開ける。既に帰ろうとしていた莉子が、嬉しそうに振り向いた。   「遥ちゃん! いるなら返事くらいしてよ」 「ごめんごめん。ちょっとお花摘みに行ってて」 「へぇ? じゃあ私のタイミングが悪かったね。もういいの?」 「う、うーん、どうだろうね」    杉崎は背後を気にしつつ、後ろ手に扉を閉める。   「それで、そのほっぺの傷は? 大丈夫?」 「あ、ああ、これ? 全然大したことないよ。ちょっと猫に引っ掻かれただけで」 「猫ぉ?」 「ゴメンうそ。あいつとちょっとやり合っただけ。けどホントに大したことないから、気にしないで」 「もう、また遥ちゃんが偲くん怒らせたんでしょ。私がいない時でも、仲良くしないとダメだよ?」 「いや、ハイ……努力はしてるんだけどね」 「それで、偲くんは?」 「まだ寝てる。休みだからってだらしない奴ですよ、ホントに」 「ふふーん。そんなこと言って、遥ちゃんだって似たようなものでしょ」 「そ、そんなことないよ。俺はちゃんと」 「だってその服。今急いで着替えたでしょ」    えっ、と杉崎は慌てて身支度を確認する。セーターは後ろ前になっており、ズボンは留め具が外れている。丈がやけに短くて、太腿周りの締め付けがきつい。間違えて、荻野のズボンを穿いてしまったのだった。   「寝惚けてたんだ。パジャマのままでもよかったのに」 「いやぁ、それはさすがに……莉子ちゃんに隠し事はできないね。社長には内緒にしてくれる?」 「お昼前まで寝こけてたって? うーん、どうしよっかな」 「そう言わずにさ、お願い」 「わかったわかった。約束ね」    莉子の後ろで、ブランカが雪まみれになって遊んでいるのが見えた。   「お散歩?」 「うん。ブランカが遊びたいって」 「遠かったでしょ」 「全然! まだまだ元気だもん。それと、お父さんにお土産渡された」    莉子は、持っていたビニール袋を差し出す。入っていたのは、数種類の野菜と、真空パックされた肉の塊だった。   「うちで採れた野菜と、あと色々もらい物」 「いいの? こんなに貰っちゃって」 「うん。遥ちゃんが手伝ってくれたおかげで、今年はいっぱい野菜採れたから。お肉も、うちだけじゃ食べ切れなさそうだし。ダメにしちゃったら悪いからって」 「じゃあありがたくいただくね。いつも助かってますって、蓮見社長とおばあちゃんにも伝えてもらえる?」 「うん、でも、私がしたくてしてることだから……」    莉子は杉崎をじっと見つめると、ぐるぐるに巻いたマフラーの下に赤い鼻先を忍ばせて、はにかんだ笑顔を見せた。   「莉子ちゃんにも、いつも助かってるよ?」 「ええ~? ホントに?」 「もちろん。帰り道、疲れてるなら送っていこうか。途中でブランカが動かなくなったら大変じゃない? 上着ならすぐ取ってくるから」 「うーん、でも」    杉崎の頭を指して、莉子は言う。   「その頭じゃ、寝坊したのすぐバレちゃうよ」    杉崎は頭に手をやる。鏡を見なければ分からないが、あちこち跳ねているらしい。いかにも、今の今まで惰眠を貪っていましたという風に、寝癖がしっかりついている。   「いや、まぁでも、俺って元々こんなじゃない?」 「いいってば、大丈夫。歩いて帰れるよ」 「ホントに?」 「うん。私もブランカも、まだまだ元気があり余ってるからね」 「それならいいけど。気をつけて帰りなね」 「遥ちゃんも。ちゃんと顔洗って、髭も剃って、偲くんと仲直りしなよ」    言われて、杉崎は顎に手をやった。渇いた砂をまぶしたように、ざらりとしている。  口笛を吹いてブランカを呼び、何度も振り返りながら手を振る莉子の後ろ姿が見えなくなるまで、杉崎は玄関先で見送った。  溜め息をついて、扉を開ける。がらりと開いた扉の向こう。下着を一枚身に着けただけの恰好で、荻野が玄関の式台に腰掛けていた。   「……風邪引くぞ」 「ごっこ遊びはもういいのか」 「いいってもう。頭冷えたし」    靴を脱ぎ、玄関を上がった杉崎の足元に、荻野はすっとにじり寄る。留め直したばかりの留め具を外し、じい、と音を立ててファスナーを下ろす。「何すんだ」と杉崎が言えば、「わかるだろ?」と挑発的な目付きで答える。   「いきなり盛ってんじゃねぇよ……」 「うるせぇな。いつもてめぇの発情に付き合ってやってんだろ」 「てめぇも年中発情してんだろ」 「お前ほどじゃねぇさ」 「どの口が……」    下着の上から性器を咥える。唇で食むようにして揉まれると、自然と硬く勃ち上がる。荻野は得意げに目を細めると、唇で下着をずり下ろし、飛び出した性器に直接口づけをした。  莉子にもらった野菜を床に置く。荻野の頭に手をやると、鋭い上目遣いで杉崎を見た。ぱくりと口を開けて、覗くのは血の色だ。小ぶりな舌を精一杯広げて見せて、ねっとりと性器に這わせる。そのまま口腔内へ迎え入れる。  杉崎は、口淫をあまり好まない。主導権を奪われたような気がするからだ。一方、荻野は積極的にしゃぶりたがる。主導権を握りたいのかもしれない。組み敷かれてばかりでは、男のプライドは守れない。  荻野は普段、男にしては長めの髪を、整髪料でまとめて後ろに流している。それが今は、汗と精液と何らかの汁にまみれている。乱れて垂れ下がった前髪を、杉崎はそっと掻き上げた。指に馴染む、さらりとした直毛だ。そのまま後頭部に手を回し、ぐっと押さえ付けた。  荻野は苦しげに眉根を寄せる。杉崎を睨みながらも、器用な舌遣いで、喉の奥まで性器を導く。荻野の髪に指を絡めて押さえ付けたまま、杉崎はゆっくり腰を動かした。荻野がえずくと、喉奥が締まる。ちょうど亀頭と擦れて、快感を呼ぶのだった。  絡み付く舌と、滑らかな粘膜とが、下の穴とは違う感覚で癖になる。だんだん腰の動きが速くなる。荻野の頭を、押さえ付けるだけに留まらず、前後に揺さぶって咥えさせる。口淫というよりも、何かそれ専用の道具にしているような背徳感を覚える。  そんな杉崎の思考が荻野にも伝わったのか、彼は愉悦に目を細めると、自ら頭を前後に動かし、一番深いところまで性器を咥え込んだ。  吸い上げられるように、射精した。荻野の頭を押さえ込み、喉奥を狙って射精した。幾度か腰を震わせてから、手を離す。ようやくの解放に、荻野はゆっくり顎を引き、舌を這わせて精液を舐め取りながら、性器から口を離した。粘り気のある白濁液が糸を引く。  荻野は軽く口元を拭う。甘えるような仕草で足元にもたれてくるので、杉崎は膝を折って目線を合わせた。  その一瞬の隙を突かれた。胸倉を掴まれ、勢いよくねじ伏せられる。唇同士が激しくぶつかる。  温かく滑らかなものが触れた。舌が入ってくる、と思ったのも束の間。血の味と、青臭い苦みが口いっぱいに広がった。杉崎は荻野を殴り飛ばした。   「オイてめっ、妙なモン飲ますんじゃねぇっ……!」 「ははっ」    例えるなら、青菜の煮汁か、腐ったミルクか。喉に絡み、舌を痺れさせる粘液は、生理的にとても飲み込めたものじゃない。杉崎は、無理やり流し込まれたそれを吐き出した。床に白く濁った水たまりができる。荻野は、いたずらが成功した子供のように、愉快そうに笑った。   「てめぇの出したモンだぜ。ありがたく味わえよ」 「できるかぁ!」    荻野はもう一度口元を拭う。鮮やかな血の色と、濁った白とが混じり合って紅を引く。舌に残る精液をどうにか吐き出そうとして咳き込み続ける杉崎をやんわりと押し倒して、馬乗りにまたがった。   「マジで?」 「溜まってんだろ。付き合ってやる」 「溜まってんのはお前だろ。もう今出たばっかだし、しばらく無理そうなんだけど」 「あ? 何のためにしゃぶってやったと思ってんだ。死ぬ気で勃たせとけ」 「横暴すぎぃ……つか、そのつもりならイかせちゃダメなんじゃ」 「うるせぇな。てめぇが勝手に出したんだろうが」    荻野は、床に飛び散った白濁液を掬い取り、それを潤滑剤にして、萎えた性器を尻のあわいに擦り付ける。ぐちゅぐちゅとわざとらしい音を立て、ポルノ女優のように腰を躍らせる。こんな安い挑発で、杉崎のそこは再び芯を持ち始める。   「なんだよ、体は素直じゃねぇか」 「お前が言うの? その台詞」    指を添えながら、ゆっくりと腰を落として、性器を体内に導く。何の抵抗もなく、根元までずっぷりと沈み込む。切っ先が最奥に触れると、びくりと喉を反らして、息を漏らした。   「お前は、立派なけだものだ。おれが言うんだ、間違いねぇ」 「じゃあてめぇは何なんだよ。獣に喰われて満足か?」 「バカ言うんじゃねぇぜ。おれが、てめぇというけだものを喰ってやってんだ」 「お前の盛るポイントがわからねぇよ」    ガニ股に足を開いてしゃがみ、スクワットをするように腰を上下に動かす。挿入部分があられもなく晒される。女性器のように縦に割れた尻の穴が広がったり窄まったりして、男性器を呑み込んでいく様が丸見えである。ぽってりとした襞が捲れて、赤く潤んだ粘膜が覗く。白い肌には映えるが目の毒だ。   「おれはなぁ、杉崎ィ。お前の凶暴性を、高く評価してんだよ。なのにお前ときたら、あの娘の前では、必死に役作りするだろう。それを見てると、笑えてくるんだ」 「ああ? なにが言いてぇ」 「てめぇの本性は、コッチだろうが」 「……だったら、お前の前でも役作りしてやろうか。ほら、お手をどうぞ?」 「やめろ、気色悪りぃ」    荻野は、恭しく差し出した杉崎の手を払う。杭を打ち込むように、激しく腰を振り立てる。   「おれがほしいのは、これだけだ……っ、ほかにはなにも、ッ、いらねぇんだよっ」    杉崎は荻野の腰を掴む。下から突き上げて奥を穿つ。荻野は悲鳴に近い声で喘ぐ。   「あ゛っ、ア゛、ほかは、なにもっ……これいじょ、はッ、おれなんかには──っっ」    荻野の腰振りに合わせてぶるぶる震える男性器に、杉崎は手を触れた。皮を剥き、だらだらと零れる蜜を亀頭に塗り付け、一番敏感な鈴口を引っ掻いてやれば、薄まった精液が潮のように噴き出した。  荻野はガクガクと腰を震わせ、自身の飛ばした汁を浴びながら、恍惚と頬を染めた。断続的に噴き出す汁を、杉崎は指に取って一舐めする。知りたくもなかった自身の精液よりは、まだ耐えられる味がした。  だらしなく舌を突き出したまま涎を垂らす荻野の口に、杉崎は指をねじ込んだ。精液をまとわせた指先を、舌にぐりぐり押し付ける。虚空を向いていた黒い瞳の焦点が合う。汁まみれの酷い顔で、荻野は杉崎を見下ろし、悪い笑顔を浮かべた。   「もう無理そうだと言ってなかったか?」 「その台詞、そっくりそのまま返すぜ」    ねじ込まれた指に舌を絡めて吸い付いた荻野を、杉崎は乱暴に組み敷いた。  結局、何時間そうしていたのか。廊下からリビングに移り、寝室に戻って、再びリビングに移動して、文字通り体中の水分が枯れ果てるまで、貪り尽くした。喉の渇きに気づくと同時に、昼食を食べ損なったと気がついた。夕食とするにはあまりにも早いが、空腹には代えられず、食事を取ることにした。   「オイこら、休んでねぇでてめぇも手伝え」    ソファの肘置きに足を投げ出して横になっている荻野を軽く蹴って、杉崎は言った。荻野は、蒼い顔で煙草をふかしながら呟いた。   「うるせぇな……腰に響く」 「誰のせいだと思ってんだよ」 「てめぇのせいだろ。猿みてぇにヤリまくりやがって」 「お前のせいな!? 俺はあそこでやめるつもりだったのに、てめぇが散々煽ったんだろーが」 「うるせぇ、腰に響く……」    積もった灰を灰皿に落とすと、荻野は再び煙草を咥える。ソファを占領したまま、テコでも動かないつもりだ。もちろん、食事の支度を手伝う気もさらさらない。杉崎は溜め息をつきつつ、荻野の体を、主に尻の穴を酷使させた自覚だけはあったので、それ以上は何も言わなかった。  作っていたのは鴨鍋だ。莉子にもらった肉と野菜をふんだんに使った。卓上にカセットコンロを置き、土鍋をセットして、煮立たせる。蓋を開ければ、たっぷりの湯気と、食欲をそそる香ばしい香りが立ち込める。  鴨肉は熱し過ぎると固くなるので、食べる直前にさっと火を通す。削ぎ切りにしたので、しゃぶしゃぶのような感じで食べられるはずだ。それぞれの椀にたっぷりの具材と、つゆもたっぷり盛り付けたら、完成である。   「おら食え。ここまで世話してやったんだ。まずいとは言わせねぇぞ」    吸殻が積み上がった灰皿に、荻野は新しい吸殻を投げ入れて、のそりと起き上がった。「箸…」と呟く。「てめぇで取りに行けよ」と一旦は取り合わなかった杉崎だが、結局は席を立った。   「ほらよ、早く食え。せっかくの出来立てだ」 「……」    荻野は箸を受け取り、椀を手に持つと、長ネギを摘まんで杉崎の椀に移した。   「一個くらい食えや」 「……ぬめぬめしてんのがイヤなんだ。知ってるだろ」 「だからそんなに入れてないだろ。しょうがねぇから薄切りのやつも混ぜたしさぁ。コレなら食えんだろ」 「……ニンジンもこんなにいらねぇ」 「てめぇ、好き嫌いばっかしやがってよ」    荻野は食べ物の好き嫌いが多い。ぶつ切りの長ネギは、中心のとろとろした食感が好きではないらしい。細かく切れば食べられる。ニンジンは味がしないから嫌。春菊は苦いから嫌。エノキは歯に挟まるから嫌。マイタケは独特の香りと歯ごたえが嫌。とにかくわがままだ。  無理をすれば食べられないわけではないが、無理をする場面でなければ、他人の皿に移してしれっとしている。精液は平気で口にするくせに、荻野の基準が杉崎には理解不能だ。   「まぁいいや。団子食え。結構好きだろ」    鴨肉を細かく刻んでひき肉にし、たっぷりの生姜を加えて捏ねた肉団子。鶏団子ならぬ、鴨団子である。切っただけの肉よりも、こうして一手間加えたものの方が、獣特有の臭みが消えるらしく、荻野は好んだ。お玉で掬い、椀によそってやれば、少し冷まして箸をつける。   「ったく、お前がこんなにこだわり強いタイプとは思わなかったぜ。ウイダーとカロリーメイト食ってりゃ満足みてぇな、不健康な面してるくせによ」 「ゼリーはいいが、パサパサしてんのはあんまり」 「そーいうとこな!?」    杉崎は元々、積極的に料理をするタイプではない。あくまでも必要に迫られた結果、米を炊いたり味噌汁を作ったり、魚を焼いたり卵を巻いたり、簡単なことからできるようになっていっただけのこと。基本的には惣菜に頼っていたし、わざわざレシピを調べて手の込んだものに挑戦しようという向上心もなかった。  いや、と杉崎は首を振る。これではまるで、荻野との食事を楽しみにしているようではないか。荻野の好みに沿うように、わざわざ鴨肉を刻んで叩いてミンチにして、多すぎるくらいの生姜を使って。荻野がぶつ切りのネギを嫌うから、わざわざ薄く刻んだものまで用意して。自分一人の腹を満たすためなら、ここまでしない。   「……お前の飯は、嫌いじゃねぇよ」    汁をすすりながら、荻野が呟いた。「うまいと言えよ」という杉崎の呟きには、薄笑いを浮かべるのみで何も返さなかった。

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