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第3話
それでも、もういいかと思った。
問い詰める気力もなかった。
泣き叫ぶ気にもなれない。
ただ、疲れてしまった。
だから決めた。
彼が自分を裏切っているなら、自分も何も気付いていないふりをしよう、と。
そして、彼が完全に離れていく前に、自分からいなくなろう、と。
彼が帰ってこない夜。
一人きりの部屋で物件情報を眺める。
知り合いのいない土地。
誰も自分を知らない場所。
そこで一人、静かに暮らしたかった。
誰にも期待せず、誰にも裏切られない生活を。
そのための準備を少しずつ始める。
まずは長期出張という名目で部屋を空けることにした。
夕飯を食べながら何気ない口調で切り出す。
「しばらく出張が増えそうなんだよね」
「へぇ、大変じゃん」
彼は興味なさそうに返した。
「だから家を空けること多くなると思う」
「そっか」
それだけだった。
引き留める言葉も、寂しいという言葉もない。
胸の奥が少しだけ痛んだ。
だけど顔には出さない。
「あとさ、鍵なくしちゃって」
「え?」
「合鍵あるでしょ? ポストに入れといてくれない?」
「あー、いいよ」
何の疑いもなく了承する彼を見て、小さく笑いそうになった。
本当に、何も気付いていないらしい。
「それとさ」
「ん?」
「断捨離したいんだよね」
「珍しいじゃん」
「だからいらない物だけまとめといて」
彼は肩を竦める。
「別にいる物なんてないけどな」
その言葉に思わず心の中で苦笑した。
そうだろう。
もうこの部屋にも、自分にも、興味なんて残っていないのだから。
「じゃあ突然『あれどこ行った?』とか言われても知らないからね」
冗談めかしてそう言うと、
「言わねぇよ」
と彼は笑った。
自分も笑い返した。
まるで何も知らない恋人みたいに。
まるで何も壊れていない恋人みたいに。
だけど心の中では、もう決めていた。
次にこの部屋を出る時は――
二度と戻らない。
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