10 / 10

第10話

少し前から違和感はあった。 あの子、無理してるわね。 そう思ったのはいつだったか。 最初は残業が増えた程度だった。 そのうち昼食を抜く日が増えた。 笑う回数も減った。 目の下には薄っすらと隈ができていた。 元々あまり自分のことを話す子じゃない。 だからこそ、ちょくちょく声は掛けていたつもりだった。 レモネードを渡したり。 帰りなさいと言ったり。 飯を食べなさいと言ったり。 だけど。 結局後輩は熱を出した。 しかも倒れる寸前まで。 「はぁ……」 信号待ちでため息が漏れる。 「ちゃんと見抜けなかった私のミスね」 誰に聞かせるでもなく呟く。 本当に面倒な子。 ああいう子ほど限界まで我慢するのだから。 車はやがて自宅の駐車場へ入る。 エンジンを止めても後輩は起きない。 相当無理をしていたらしい。 「着いたわよ」 肩を揺らしてみる。 反応なし。 「起きなさい」 反応なし。 仕方なく車のドアを開ける。 「失礼するわよ」 そう言いながら後輩の身体を抱き上げた。 そして思わず眉をひそめる。 軽い。 思っていたよりずっと軽かった。 男一人抱えるのは大変なはずなのに。 驚くほど簡単に持ち上がる。 「何食べたらこんなに軽くなるのかしら」 聞いてみる。 当然返事はない。 ぐったりと眠ったままだ。 エレベーターに乗り、自宅へ向かう。 玄関の鍵を開けて中へ入る。 ベッドまで運び、そっと寝かせた。 苦しそうな呼吸。 額に触れるとまだ熱い。 「まったく」 小さく息を吐く。 ジャケットを脱がせる。 ネクタイを緩める。 ワイシャツのボタンも上を数個外した。 少しでも呼吸が楽になるように。 その途中で手が止まる。 無防備な寝顔が目に入ったからだ。 普段は警戒心の塊みたいな顔をしているくせに。 寝ている時だけは年相応に見える。 「……ほんと罪な子ね」 思わず苦笑が漏れる。 頬にかかった髪を軽く払う。 そして小さく呟いた。 「好きな男でもここまで世話してあげないんだから」 もちろん返事はない。 だから続ける。 「光栄に思いなさい」 言ったところで聞こえていないだろうけれど。 それでも少しだけ気持ちは軽くなった。 毛布を掛け直し、額に冷却シートを貼る。 よし。 これで少しは大丈夫だろう。 「さて」 立ち上がりながら伸びをする。 今日は私も疲れた。 「シャワーでも浴びようかしらね」 そう呟いて寝室を後にした。 後ろでは後輩が静かな寝息を立てていた。

ともだちにシェアしよう!