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第16話
作ってもらっている間、俺はダイニングテーブルに座ったまま先輩に話をした。
話すつもりなんてなかった。
誰かに聞いてもらおうとも思っていなかった。
それでも。
先輩が包丁を動かす音を聞いていると、少しだけ口が軽くなった。
「会いたくないやつに会ったんです」
野菜を切っていた先輩の手が止まることはない。
「へぇ」
ただ聞いている。
それだけだった。
「最近やっと落ち着いてきたのに」
小さく息を吐く。
「そいつ見たら全部思い出して」
「うん」
「俺が今まで信じてたものとか」
言葉を探す。
上手くまとまらない。
「そういうのが全部なくなった気がして」
先輩は何も言わない。
急かさない。
否定もしない。
だから話せた。
裏切られたと思っていること。
会いたくなかったこと。
苦しかったこと。
だけど。
男の恋人がいたことだけは言えなかった。
まだ勇気が出ない。
自分が男を好きだったことも。
一緒に住んでいたことも。
全部。
まだ誰にも言えなかった。
それでも先輩は最後まで聞いてくれた。
鍋をかき混ぜながら。
時々相槌を打ちながら。
全部。
話し終わった頃。
先輩は小さくため息を吐いた。
「そういう相手ほどプライベートにズカズカ入ってくるのよね」
苦笑混じりの声だった。
「ほんと面倒くさいわよね」
その言葉に思わず笑いそうになる。
怒るでもなく。
慰めるでもなく。
ただ共感してくれた。
可哀想だとも言わない。
忘れろとも言わない。
それが妙にありがたかった。
「そうですね」
小さく返事をする。
その瞬間だった。
視界が滲む。
あれ、と思った。
慌てて目元を拭う。
だけど次から次へと涙が溢れてくる。
「ちょっ」
自分でも驚く。
泣くつもりなんてなかった。
もう吹っ切れたと思っていた。
なのに。
止まらない。
肩が震える。
呼吸が少し苦しい。
そんな俺を見て先輩は慌てることもなく火を止めた。
そしてティッシュの箱を目の前に置く。
「ほら」
それだけだった。
泣くなとも言わない。
大丈夫とも言わない。
ただそこに置いただけ。
その優しさが余計に胸に刺さる。
俺はティッシュを握りしめたまま俯いた。
声を殺して泣く。
そんな俺を先輩は何も言わず見守ってくれていた。
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