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第25話

目の前の男は、本当に何も知らないようだった。 白田がどんなことをしていたのかも。 誰を傷付けたのかも。 何も。 だから俺はできるだけ平静を装った。 「あいつは恋人さんが見た通りの男だよ」 男は少し驚いたように瞬きをする。 「そうなんですか?」 「うん」 コーヒーをひと口飲む。 「昔から自分のことあんまり話さないから」 苦笑する。 「俺もそんなに知らないんだ」 それは半分本当で半分嘘だった。 知らない部分は確かにあった。 だから今こんなことになっている。 「そうなんですね」 男はメモでも取る勢いで頷く。 その真面目さに少しだけ笑いそうになった。 「飯とか食ったことあるけど」 「はい」 「好き嫌いとかは無さそうだったかな」 「なるほど」 また頷く。 「ほかには?」 平常心。 平常心。 自分に言い聞かせる。 「あとは……」 少し考える。 何を言えばいいんだろう。 何を言う資格があるんだろう。 遠慮がちに続ける。 「白田さんっていつもドライですか?」 思わず聞き返す。 「ドライ?」 「あいつが?」 予想外だった。 男は困ったように笑う。 「なんというか……」 言葉を探している。 「感情表現が少ないというか」 「あー」 少し納得する。 「そんなに感情豊かな方ではないかも」 昔からそうだった。 嬉しいも悲しいも控えめ。 怒ることも少ない。 何を考えているのか分からない時もある。 「そうですか」 男は少し安心したようだった。 「ありがとうございます」 「うん」 話はそこで終わった。 男は伝票を手に取る。 「あ、お礼にここ払います」 「気にしなくていいよ」 反射的に言う。 「でも」 「いいって」 そして少しだけ笑った。 「あいつ待ってると思うから」 男は一瞬きょとんとする。 それから照れたように笑った。 「はい」 嬉しそうな顔だった。 「失礼します」 頭を下げて席を立つ。 店を出ていく後ろ姿を見送る。 窓の向こう。 男は誰かに電話を掛けていた。 たぶん白田だろう。 幸せそうだった。 俺は冷めかけたコーヒーを見つめる。 胸は不思議なくらい静かだった。 嫉妬もない。 怒りもない。 ただ。 少しだけ分かった気がした。 あいつは今、ちゃんと幸せなんだなと。 そして。 そこに俺はいないんだなと。 分かっていたことなのに。 改めて突き付けられた気がして。 少しだけ。 本当に少しだけ。 胸の奥が痛んだ。

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