29 / 41

第29話

お風呂から上がると、ダイニングテーブルに食事が用意されていた。 温かいスープ。 少なめによそわれたご飯。 消化の良さそうなおかず。 いかにも先輩らしい献立だった。 「少しでもいいから食べるのよ」 キッチンから先輩の声が飛んでくる。 「はい」 正直、食欲なんてないと思っていた。 泣いて。 話して。 疲れ切っている。 そんな状態だったから。 だけど。 お風呂で身体が温まったせいだろうか。 少しだけお腹が空いていた。 席に座る。 箸を持つ。 ひと口。 思ったより食べられる。 ふた口。 三口。 気付けば用意された分をほとんど食べ終えていた。 「食べられたじゃない」 向かいの席に座った先輩が満足そうに言う。 「自分でもびっくりです」 「人間、温かいもの食べて寝れば大抵何とかなるのよ」 そんな単純なものかしらね、と続けながら先輩はお茶を飲む。 食事を終える頃には少しだけ身体も軽くなってい た。 食器を片付けた後。 二人でソファーに座る。 テレビは付いているが、誰も見ていない。 しばらく沈黙が続いた。 その後、先輩がぽつりと口を開く。 「会社終わりに狙われてるのが厄介よね」 「そうですね」 思わず苦笑する。 元彼。 元彼の恋人。 立て続けだった。 偶然とは思えないくらい。 「疲れました」 本音だった。 怒る気力もない。 説明する気力もない。 ただ疲れた。 それだけだ。 先輩はしばらく考え込む。 そして。 「しばらく送ろうかしら」 と呟いた。 「え?」 「会社から家まで」 冗談みたいな口調だった。 だけど先輩は割と本気そうだった。 「別に毎日じゃなくてもいいし」 「そこまでしなくても」 「するの」 即答だった。 「今のあんた、無理して大丈夫って言う顔してるもの」 図星だった。 思わず目を逸らす。 そんな俺を見て先輩は小さく笑う。 「安心しなさい」 そう言ってお茶を置く。 「あたし、こう見えて面倒見いいのよ」 「知ってます」 その返事に先輩は少しだけ目を丸くした。 それから。 嬉しそうに笑った。

ともだちにシェアしよう!