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第31話

「会社の前で何してんの」 聞き慣れた声だった。 だけど。 いつもとは違う。 低くて。 冷たくて。 思わず振り返る。 そこには先輩が立っていた。 いつの間にか車を持って来ていたらしい。 白田も先輩を見る。 「てめぇに関係ねぇだろ」 苛立ちを隠そうともしない声。 すると先輩は小さく笑った。 「関係ない?」 ポケットから煙草を取り出す。 慣れた手付きで火を点けた。 夜風に煙が流れる。 「仕事帰りなんだけど」 静かな声だった。 なのに妙な圧がある。 白田もそれを感じたのか、一瞬だけ言葉に詰まった。 それでも引かない。 「俺はこいつに話があって!」 そう言いながら俺を指差す。 すると先輩はゆっくりこちらを見る。 「後輩」 いつもの声だった。 「そいつに話とかあるの?」 即答だった。 「あ、ないです」 先輩が満足そうに頷く。 「そっか」 そして自然な動作で車の鍵を回した。 「んじゃ帰ろ」 俺を見る。 「お腹すいたし」 思わず少し笑った。 「はい」 そう返事をする。 それだけだった。 それだけなのに。 先輩の隣へ行こうと思えた。 「おい!」 白田が声を荒げる。 「まだ話は――」 そこまでだった。 先輩が一歩前へ出る。 そして。 白田の胸ぐらを掴んだ。 空気が凍る。 俺も白田も言葉を失った。 先輩は煙草を咥えたまま白田を見下ろす。 笑っていない。 今まで見たことがない顔だった。 「そろそろうるさいよ?」 低い声。 静かなのに怖い。 「ここ人通り多いしさ」 周囲を見回す。 確かに帰宅時間帯。 人も多い。 会社員もたくさん歩いている。 「割と警察の目も光ってるから」 煙を吐く。 そして。 「気を付けな」 白田の胸ぐらから手を離した。 一瞬だけ睨み合う。 けれど。 先に目を逸らしたのは白田だった。 舌打ちが聞こえる。 何か言いたそうに口を開く。 だけど何も言わない。 そのまま踵を返した。 無言のまま去っていく。 姿が見えなくなるまで先輩は煙草を吸っていた。 そして。 「行くわよ」 何事もなかったみたいに言う。 「今日はハンバーグ」 「急にですね」 「食べたい気分だったの」 さっきまでの空気が嘘みたいだった。 俺は思わず吹き出す。 すると先輩も少し笑った。 「やっと笑った」 その言葉に胸が少し熱くなる。 俺は何も言わず。 先輩の後を追いかけた。

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