36 / 41

第36話

次の日。 いつも通り会社へ向かった。 昨日のことなんてなかったように仕事を始める。 先輩もいつも通りだった。 「おはよう」 「おはようございます」 それだけ。 昨日の告白には一切触れない。 だから俺もいつも通りでいようと思った。 思ったのに。 昼前だった。 先輩が別の部署の後輩と楽しそうに話している。 何かの相談だろう。 笑い声が聞こえる。 俺はパソコンへ視線を戻した。 関係ない。 仕事の話だ。 そう思う。 なのに。 胸の奥が少しだけざわついた。 昼休み。 食堂でも先輩は別の社員と話している。 楽しそうに笑っている。 その笑顔を見ていると、何とも言えない気持ちになった。 俺は一人で昼食を済ませる。 午後も同じだった。 先輩は誰かに呼ばれれば笑顔で応える。 相談されれば話を聞く。 それはいつもの先輩だ。 今まで何度も見てきた光景。 なのに今日は違った。 どうして。 俺じゃないんだろう。 そんなことを考えてしまう。 おかしい。 何を考えているんだ。 俺は仕事に集中しようと首を振った。 結局、その日は一日中どこか上の空だった。 仕事を終え、荷物をまとめる。 「お疲れさま」 先輩が近付いてきた。 「あんた、どうしたの?」 「え?」 「今日ずっと変だったわよ」 気付かれていた。 誤魔化そうと思った。 だけど。 気付けば口が動いていた。 「もし」 「ん?」 「もし、俺が先輩の恋人になったら」 先輩の表情が止まる。 「会社で他の人とニコニコ話すの、やめられますか」 沈黙。 言ってしまった。 何を言ってるんだ。 自分でも分からない。 先輩は驚いたまま俺を見つめている。 その視線に耐えられなくなった。 「……なんでもないです」 慌てて笑う。 「忘れてください」 荷物を持つ。 「お先に失礼します」 返事も聞かずに会社を飛び出した。 後ろから名前を呼ばれた気がした。 振り返らない。 駅まで走る。 電車に乗る。 家へ帰る。 スマホが震えた。 画面には先輩の名前。 出られなかった。 また震える。 もう一度。 それでも出られない。 結局、その日は一度も電話に出なかった。 何を話せばいいか分からなかったから。 ベッドへ倒れ込む。 目を閉じても眠れない。 昨日までとは違う理由だった。 先輩の驚いた顔。 あの時の沈黙。 そして。 自分が口にした言葉。 ――会社で他の人とニコニコ話すの、やめられますか。 あれじゃまるで。 嫉妬しているみたいじゃないか。 「……終わった」 枕に顔を埋める。 恥ずかしさで叫びたくなる。 そのまま眠れない夜を過ごし、気付けば朝になっていた。

ともだちにシェアしよう!