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第3話 婚約者は銭湯の従業員

リリズが着替えて食卓の間に入った時には両親と、見慣れない男が一人席に着いていた。 男を一瞥する。金髪で色白の青年だった。 リリズの姿を認めて立ち上がる青年。その顔には見覚えがある気がした。 こいつは確か、この間銭湯で働いていた青年だ。 なんで、こんな所に…? 俺は無視をしたままさっさと席に着く。 「リリズ、紹介しよう。オーウェン・ガブリエル・アッシュフォルデ卿だ」 青年は凛とした所作で礼をした。 「お初にお目にかかります、リリズ様。このような光栄な席に加えていただき、心より感謝いたします」 (…この間会っただろ。しかも市壁外の銭湯で) そう思いながらも、口でだけは形式的な挨拶を返す。 「こちらこそお目にかかれて光栄です──と、言うべきでしょうね」 ただし、皮肉まじりに。 (……また両親の勝手な茶番か。だが、なぜ、こいつなんだ) 忘れるはずがない。 銭湯で初めて見た時、場違いなほどに美しいと感じた。 従業員だなんてさらりと嘘をつかれたことにも、今更ながらに腹が立つ。 まさか、俺とここで会う前に会っておこうと銭湯で待ち伏せをしていたのか。 リリズの指が、ナイフの柄をわずかに強く握る。平静を装おうとするが、心臓は嫌でも跳ね上がった。 オーウェンは堂々と席につき、俺と目が合えば穏やかに微笑んだ。俺は奴の方を見ないように黙々と食事を口に運ぶ。 「わかっていると思うが、アッシュフォルデ卿を招いたのは、お前の婚約者にと思ってのことだ。彼はアッシュフォルデ家を継ぐつもりはないそうだから、お前はこの家を出る必要もない。他人の家で肩身が狭い思いもしなくてすむ。悪くはないだろう?」 「心遣いには感謝します…でも俺は結婚なんてしませんよ。この家だって継ぐ気はありません」 父が満足げに頷きながら話す内容に、俺は溜息まじりにそう答えた。 もう何度目かになるやりとりだ。 俺が結婚する気がないと言っても父は「何を言う、お前は一人息子なんだぞ」などと、どこ吹く風だ。 頭が痛い。 何故これほどまで子どもの気持ちが親に通じないのか不思議でならない。 一方で、気になることもあった。 アッシュフォルデ家… 大貴族だが、黒い噂の絶えない家だ。 アッシュフォルデ家が持つ『特殊な力』についても、俺はまだ知らない…。 いったい両親は何を企んでいるのか。 さっきから母と何か話しながら相槌を打っていた金髪の婚約者とやらが「…あの、」とおずおずと話を切り出してきた。 「リリズ様、先日あなたの試合を観ました。あなたのようなスター選手と僕なんかがお近づきになれるなんて、…はぁ…光栄です…言葉になりません…こんな楽しい食事をしたのも初めてです」 (…うっ…) (俺だって…銭湯の従業員と仲良くなれるなんて思ってねえよ…) 身を乗り出す勢いで嬉々として語る奴…オーウェンと名乗っていたか? は、初手の王子感が台無しになるほど気持ち悪く、だか素直に俺への好意を表明した。 「光栄? すぐに退屈するだろう。俺と食卓を囲んで楽しいと思うのなら、かなりの物好きだ」 挑発に近い言葉を放ちながら、ナイフで皿を軽く叩く。 意地の悪さを包み隠さない態度に、しかし、オーウェンは微笑を崩さず、 「退屈なんて、まさか。あなたと同じ席に座れることが、十分に価値がある時間です」 と真っ直ぐな瞳で答えた。 リリズは不快そうに鼻を鳴らしつつ、心の奥では動揺と苛立ちを覚えていた。 (……やめろ。その目で俺を見るな) こんな薄皮の王子野郎に調子を狂わされてたまるか。 どうせ最初は俺に憧れて近づいても、理想と違うとか言って勝手に失望するのだろう。 ずかずかと俺に踏み入らないでくれ。 こんな風に懐へ入れてはダメな理由を探してしまうことが、すでに相手に惹かれている証拠だとリリズはまだ気がついてはいなかった。

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