19 / 32

第18話 【オーウェン視点】オーウェンとカナリア

朽ちた礼拝堂の鐘が遠くで小さく鳴る。 陽は傾き始めていて山は街灯もなく足元もおぼつかない。 カナリアはそんな道を慣れた足取りで歩いて行く。 あれから、オーウェンとカナリアは家を出て山道を港へと引き返していた。 「これから、どうするんだ?」 そう聞くカナリアの言葉にも、オーウェンは混乱して答えることができない。 あの日、僕を騙したのはまだ子どもだったリリズ─ いや…父であるカシアンに利用されただけだ。 僕が、不用意に喋ってしまった リリズが “奪った“ わけじゃない 家族を、ハルメレイ家を壊したのは僕だ 自分を納得させようとオーウェンは何度もそのことを頭に巡らせていた。 そんなオーウェンにカナリアがまた話しかける。 「あんたは貴族でも父親と離れて育ったんだな…」 「…? それがどうかした? 孤児だけが親と暮らせないとでも思ったの?」 自然と口調が強くなってしまう。 「違くて、…その……すまない…」 「なぜ謝るの?」 「俺は、おじさん…あんたの父親からたくさん愛情を貰ったから」 静かに息を吐く。 オーウェンが孤独にすり減らされてきた一方、カナリアは幸せだった。 オーウェンはカナリアが罪悪感を感じているのだろうことを察していた。 「カナリアさんが気にする必要はない」 「でも、俺があんたが受けるべき父親の愛情を奪ってしまったから…」 そう言われて初めてオーウェンはカナリアを見た。 ──奪った ──奪われた 誰もがそう言う 本人にはそんなつもりなんてないのに 「そんなふうに言わないで。あなたは僕から何も奪っていないし、僕だって奪われてない」 「…どうだろうな」 その表情から、カナリアもまた気持ちの整理が追いつかないのだとオーウェンは思った。 「どう思ってもあなたの自由だけど、もし後ろめたい気持ちがあるなら一つ頼みたいことがあります」 「何だ?」 「父を見ていてください。これ以上リリズに危害を加えないように」 僕の言葉にカナリアが息を呑んだのがわかった。 「何かあれば、僕に伝えて」 カナリアは少しの沈黙の後、「わかった」と頷いた。 「ほかにできることがあればなんでも言え。おじさんの息子なら身内同然だからな」 「身内? 僕はあなたの兄弟でもなければ恋人でもない」 「まあ、俺が勝手にそう思うだけだから気にしないでくれ」 カナリアに嫌な感じはしなかった。 きっと僕は彼を嫌いではない。 「……僕は、あなたが居てくれて父の孤独が少しでも和らいだなら、よかったと感謝しています」 そう言うと、カナリアは切れ長の凛々しい目をこちらに向けた。 「そうだったなら、俺も気持ちが楽になる」 薄闇に港街の灯りが点る。 凪の海は何も語ることはないというように、ただそこにあって僕たちを見つめているようだった。 父は奪われた記憶を取り戻して、リリズとデヴロー家に復讐しようとしている。 いざとなればカナリアだって育ての親である父を優先するだろう。 リリズの親だって、リリズを大切にしているようにみえても実際は所有物のように扱っている。 本当の意味でリリズの味方はいない。 それに僕自身も、リリズを責めてしまう日が来るかもしれない。 今はただ一人で考えたいことが多すぎる。 ざわついた心を鎮めることで精一杯だった。 僕にはこういう時、何故か思考を鈍くするクセがある。きっと自己防衛なのだろう。 「…もう、この辺で大丈夫です」 「リリズの家に行くのか?」 「ええ」 「気をつけろよ」 さっきの父との会話を聞いてカナリアも気がついている。アッシュフォルデ、デヴロー、ハルメレイ家は強く結びついている。陥れてもなお、デヴロー家がハルメレイの血を欲するように。 例えハルメレイ家の敵でも、悪意に晒されても、 僕なら感情を “真っ白にする“ ことで耐えることができる。 カナリアと別れてから、市壁内へと足を踏み入れる。 こんなにも心を掻き乱された日はない。 リリズが関わると自分は冷静ではいられない。 それなのに、早く気持ちを落ち着けたいと求てしまうのはリリズから与えられる感情の波なのだ。 気持ちの整理なんてつかなくてもいい。 オーウェンは屋敷を目指していた。

ともだちにシェアしよう!