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第26話 リリズとメアリーの休日

〔リリズ視点〕 「リリズ、市場へ行くぞ」 メアリーの言葉にリリズは訝しみの目を向けた。 「市場?」 だが次の瞬間には納得する。 ──ああ、そっか 明日は特別な日だ。教会には人々が集まり祈りの讃美歌が響く。 そしてその前日である今日はリリズの誕生日だった。 「何が欲しい?」 「特に欲しいものなんてない」 「無理にとは言わないが、誕生日だろ、少しは欲張れ」 そんなことを言われ、半ば強引に誘われるままリリズは市場へと繰り出したのだった。 市場に限らず、街は活気と煌びやかなお祭りの雰囲気が入り混じる。この日は忘れたくても忘れられないだろうが、それでもメアリーならいつだったとしても誕生日を覚えてくれている気がした。 「リリズ、これはどうだ? アクセサリーはあまり持ってないだろう」 「よくわからない」 「そうか」 そんな会話をしながらメアリーと市場を散策する。市場には食べ物だけでなく鍋や靴、小物や動物までありとあらゆるものが売っている。 落ちつきがあって常に俺をリードしようとするメアリーと居るのは、気持ちが楽だった。今日だけじゃない。練習のない日には何かと構ってくるのも、俺が一人で考え込まないよう気を遣ってくれているのだと思った。 「メアリー、お前こんなに鍛冶場を空けて大丈夫なのか?」 「…ああ、大丈夫だ。昔ほど仕事は忙しくないからな」 「そうなのか?」 メアリーは力なく笑う。 「戦争でもないかぎり、鍛冶屋の仕事といったら競技用の剣をつくるくらいだからな」 俺は言葉に詰まった。メアリーの祖父と父はともに剣の名匠だ。だが、その名を有名にしたのは何といっても戦争での功績が大きい。当時の戦いでは、ベル家の技術なしに勝利はなかったと言われるほどだ。 「お前の剣は競技用でも一流だ。お父上にも引けを取らないだろう?」 「当たり前だ」 即答するメアリーに安心する。 メアリーの技術は本物だ。剣を使っている俺が思うのだから間違いない。 メアリーの剣が俺に競技選手という新しい人生を与えてくれたと言ってもいい。 だが…。リリズは視線を移す。 メアリー自身の人生は明るくはない。戦争後は優れた技巧を持っていたがゆえ、ベル家は魔術師の疑いをかけらた。処刑されそうになり逃げていたところを、武器の取引があった俺の父、カシアンによって敷地内にかくまわれた。 使用人の身分となりデヴロー家に仕えている間、メアリーは何を思っていたのか。 雑貨屋の小刀が気になるのか、手に取って刃先を確かめているメアリーに聞く。 「競技用の剣以外も作りたいか?」 「…いや、作らない」 メアリーの返答はにべもない。 以前からリリズはメアリーに自分と同じ匂いを感じていた。プライドが高く、待つよりは攻めに行くタイプ。そんなメアリーが競技用以外の剣を作らないと言う。 「メアリー、俺がもっと有名になってお前の剣の価値を世界中に広めてやる」 メアリーは驚いたように俺を見て、フッと吹き出すように笑った。 「お前のそういうギラついた感じは好きだよ。でもな、リリズ…俺はあの戦争の時、人が剣で斬られのを見たんだ」 「メアリー…」 「だから殺すための武器は作らない」 「だが…」 その剣がベル家のものとは限らない。ベル家が作らなくても戦争になれば武器は必要だ。そう言おうとしたが、メアリーは困ったように俺を見て続ける。 「お前と出会ったころは時々夢を見ていた。祖父が処刑される夢だ。その首を切り落とすのに使われた剣は、父が打った剣だった。でも祖父は、ベルの剣はよく斬れるから苦しくはないだろうって笑うんだぜ、それを聞いて俺も笑っちまうんだ…」 「やめろ、メアリー」 メアリーの祖父はデヴロー家に逃げてきた後、老衰で亡くなった。 事実でなくてもメアリーの生い立ちを知るリリズには、その夢の方がよっぽど現実のように感じられた。 子どものころのメアリーの“色“はお世辞にも綺麗とは言えなかったから。 「……悪い、せっかくのお前の誕生日なのに、こんな話をして」 謝るメアリーの肩に腕をまわす。 「俺こそ悪かった。それならお前はずっと俺の剣を作ってろ、いいな?」 「ああ」 メアリーに出会う前の俺は今以上に対人関係を築くのが苦手だった。 人の感情を知ってしまうのが嫌だったからだ。 だけど、剣を教わる時だけは違っていて、感情の色が見えても次の手は読めなかった。わかるのは相手の興奮と楽しさやもどかしさ、純粋な“色“ だけだった。 あの時初めて人の感情の色が綺麗だと思ったことを、リリズは思い出していた。 路地を抜けて開けた場所には近代的なビルが建ち並ぶ。その一角、落ち着いた雰囲気の店に招かれる。 てっきりいつもの屋台に行くのだと思っていたリリズは狼狽えた。 「──どうした?」 「こういう店に来るとは聞いてないぞ」 知っていたなら服だってもっとちゃんとしてくるんだったと抗議の目を向ける。メアリーはいつものくたびれたシャツじゃなく白のネルシャツにアンクル丈のパンツなに対して、俺はいつものTシャツに黒の革ジャケだ。 「お前ならこれくらいの店大したことないだろ?」 「そんな訳ないだろ」 中に入り、案内された席に着く。メアリーは癖のある茶髪をハーフバッグで流しているが、その横顔にはガラス越しに見える内庭から柔らかい灯りが照らす。 「リリズ、これをやる」 さっそくといった感じで、メアリーから渡されたものをまじまじと見る。 「何だ?」 「お前は何も要らないと言うと思っていたから、用意してた」 「……」 紙に包まれリボンをあしらったそれを解く。 中から現れた細長い金属の棒がいくつもぶら下る飾りは、あまり見たことがない。上に持ち上げれば揺れて小さく澄んだ音が鳴った。 「──いい音だ」 「ウインドチャイムっていうんだ」 「ウインドチャイム…」 リリズは鉄の棒の奏でる響きに耳を澄ます。 まるで“共鳴“ みたいだ。 心に入り込むような不思議な余韻だった。 「お前が作ったのか?」 「ああ、そうだ。いつかお前が住む家に置け」 「俺が住む家…?」 デヴロー家ではない家を言っているのだとリリズには感じられた。縛られることを嫌う俺の性格をわかっているメアリーらしい選択だと微笑む。 「ありがとう、メアリー」 「本当は花か指輪にしようか悩んだんだがな」 「告白かよ」 「それもありかと思ったが…」 「何だよ」 「お前は誰かと付き合う気はなさそうだからやめた」 何だか寂しそうなメアリーに俺の気持ちも、妙に落ち着かなくなる。 ──付き合うとか、結婚だとか。確かにあまり考えたことはない。 だから親が勝手に婚約の話をまとめようとするたびに、めちゃくちゃにしてきた。 外の世界を知っている俺には、親の決めた相手となんて時代錯誤な話だと突っぱねてきたのもあったが。 リリズは本音を口にする。 「お前がデヴロー家に来なければ、俺は今ごろ結婚していたかもな」 何も考えず、貴族の役割とやらに従うしかなかった。 「じゃじゃ馬にしちまって、すまなかったな」 「そういう意味じゃない、デヴロー家を継ぐしか選択肢がなかったと言ったんだ。お前は恩人だよ」 俺の言葉にメアリーも満更でもない様子で頷いてくれる。 それからも、食事をしながら昔話に花を咲かせた。 「俺だって、お前に剣を教えなければ、鍛冶屋にはならなかったかもな」 「なぜだ? 元々鍛冶屋だろう?」 「人を傷つけるものだとわかってから、剣を作りたいなんて思わなくなっていた」 「そうなのか?」 初めて聞く話に視線を向ければ、酒が入ってほんのりと頬を染めたメアリーの顔があった。 「ああ、楽しそうに剣を扱うお前を見て、こんな剣の使い方があるのかと思った。だから鍛冶屋を継ごうと決めたんだ」 「…そうか、ならよかったよ」 メアリーは酒が入ると饒舌だか、酒に飲まれることはない。言ったことも覚えているだろうから、きっと本音なのだろう。 「リリズ、あの日からお前はずっと俺を救ってくれている。お前の剣は人を楽しませる剣だ。それなら俺が最高のものに仕上げてやるって思ってる」 「当たり前だ、お前以外俺の剣を作れるやつはいない」 自分がそこまでメアリーの人生に影響していたとは考えていなかった。 リリズは最近の目まぐるしく自分に起こることを考えていた。 自分が傷つけてしまったオーウェンがいる一方、メアリーのように救われたと言ってくれる奴もいる。 ──とその時、近くのテーブルの会話が耳に入ってきた。 「聞いたか? アッシュフォルデ家の若い遣いが襲われたらしい」 その名を聞いた瞬間、思考は途切れ俺は食事の手を止める。 アッシュフォルデと聞いて真っ先に脳裏に浮かんだのはオーウェンの顔だ。 「あの家は罪を食べるって噂だぞ」 「どうやって?」 「確か、罪人の血を飲むんだって」 「──はっ…穢らわしい…」 ──血、罪、穢れ 次々に耳に入る単語に、指先が震える。 俺は立ち上がって話す男に詰め寄った。 「おい、今の話──」 「待て、リリズ関わるな!」 隣にいたメアリーが俺の腕を掴んだ。 「どうかしたか、お兄さん?」 そう言って振り返った男は目が虚ろで、顔が赤い。もう一人も同じく、手にはグラスが握られている。 「ただの噂だ、気にするな」 「……だが…オーウェンかもしれない…」 オーウェンに起こることは自分に原因がある。リリズの迷いを感じてか、メアリーが肩に手をやってきた。 「大丈夫だ、違うさ」 メアリーの言葉に少し落ち着きを取り戻す。 自分がオーウェンのそばにいてもいなくても、すでに運命は彼の人生に暗い影を落としている。 アッシュフォルデの噂はそれを彷彿とさせていた。

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