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第27話 カナリアとの再戦

リリズは闘技場の中央で、艶やかな黒髪をかき上げ、熱を含んだ息を静かに吐き出した。沸き立つ観客の熱が金色の膜をまとったかのように揺らめいている。 この景色は、俺にしか見えない。 だが、色が見えなくても、きっと観客の興奮は選手に伝わるはずだ。目の前のカナリアもその熱を肌で感じているのだろう。鋭く絞られた眼光に、彼自身も試合への集中を高めているのだと感じる。 剣の刀身を見つめる。競技用に刃を滑らかに研磨され、殺傷力を持たない剣。 本来、剣技はポイントだけでなく“型“ を競うものだ。だがカナリアは、型よりも相手を戦えなくすることを得意としている。 恐怖がまったくないわけではない。それでもリリズは、その恐怖すら妙に心地よく感じていた。 恐怖心、対抗心、高揚心──そんな強い感情に晒される瞬間、揺さぶられる自分にどこか安心する。 今は平和すぎる日常はどこか落ち着かず、だからこそカナリアとの試合はありがたかった。 メアリーは「お前の剣は人を楽しくさせる剣だ」と言ってくれたが、リリズ自身は深く考えたことはなかった。ただ楽しくて、もっと上手くなりたい。それだけだった。だが──もし、この剣で誰かを救えるのだとしたら。今、救いたいのはただ一人だけだ。 視線を客席へ移す。ざわめく群衆の中、立ち見席の影に溶け込むように佇む金髪があった。 よく目を凝らさなければわからないが、人の感情の色が渦巻く混濁の中でそこだけ“空白の色”が浮いている。静止画のように動かず、少しだけ上を向いている。 ──オーウェン やっぱり来ていた。胸の奥でじんわりと安堵が広がる。無事でいてくれたことがこんなにも嬉しいなんて。 離れていてもわかる。 お前にも、俺の見ているものがわかるだろ。 オーウェンから奪った感情は、今は自分が与えている。だからこそ、その執着は特別なんかじゃない。…そう言い聞かせれば、沈んでゆく心は徐々に試合への闘争心に溶け込み冷たく形を変えていく。 リリズは息をひとつ止め、意識を戻して構え直した。 試合開始のブザーの音が鳴る── カナリアが低く構え、砂を払うような横薙ぎの剣を放つ。地を這う気配と足捌きが一気に迫るが、オーウェンとの特訓で刻まれた反応が迷いなくリリズの身体を動かした。逆足で跳ね上がり、勢いをいなしながら逆袈裟に振り下ろす。 「───ツ──!!!」 金属がぶつかる鋭い音に、観客が一斉に息を呑んだ。 そこから先は、ほんの瞬きほどの出来事だった。カナリアの重心が攻撃へ傾く瞬間、リリズは間合いへ滑り込んで脚を蹴り上げる。 「ぐっ…!!?」 支えを奪われた身体が傾いた一瞬の隙に、力ではなく確実な軌道で薙ぎ払った。 カァアン── 乾いた金属音が高く響き、カナリアの剣は砂上に転がる。本人は尻もちをつくように後方へ崩れた。 競技場が静まり返る。 剣で相手に触れていない以上ブザーは鳴らない。だがその光景は明確な敗北を物語っていた。 やがてカナリアが両手をあげて降参の意思を示し、ブザーが場内に響く。 「勝者、リリズ・ヴァン・デヴロー!」 観客席からは賞賛とブーイングが同時に噴き上がる。少し前の自分なら、その反応を気にしていたかもしれない。 だが今は違う。どんな感情であれ渦の中心にいるのが自分ならそれでいい。誰がどう見るかなんて、どうでもいいと思えていた。なぜこんな気持ちになれるのか、自分でもわからない。 リリズはカナリアへ歩み寄り、手を差し出した。 「…大丈夫か?」 「ああ…だが…野蛮な太刀筋は嫌なんじゃなかったのか…?」 「別に、むしゃくしゃしてやっただけだ」 「賊みたいな言い訳だな」 リリズの手を借りて立ち上がったカナリアを睨みつける。 「賊…? 賊はお前だろう……?」 その言葉にカナリアが驚いたように反応した。 「リリズ、記憶が戻ったのか!?」 握られたままのカナリアの手をぞんざいに払い、リリズは眉を寄せた。 「やっぱり……あの夜、俺を襲ったのはお前か?」 カナリアは唇を噛み、視線を逸らした。 「……俺じゃない」 「じゃあなぜ、襲われたと知っている?」 「それは…オーウェンから聞いた。あいつも俺を疑ってたからな」 「オーウェンが…?」 「ああ。だが本当だ、俺はあなたを襲ってない」 そう言うカナリアの“色”に視線を集中する。揺れる動揺、後ろめたさ──限りなく怪しく見える色だったが、しかしリリズには決定的に違うとわかっていた。 溜息の後、口を開く。 「お前の動きとは、確かに少し違っていた…」 「わかるのか?」 「なんとなくな、型に頼らない動きが混じってた、それにさっき掴んだ手も、感触が違っていた」 カナリアは自分の手を凝視しながら関心するようにリリズを見た。 「…そう、なのか……やっぱりあなたには敵わないな」 「特徴的な型は対策されやすい。もっと基本からセンスを磨くんだな」 「くそ、説教かよ」 「忠告だ」 カナリアは肩をすくめ、渋々と言った感じに頷いた。 その帰り── リリズは闘技場の裏、駐車場へと歩みを進めていた。 ふと、競技場脇の木の陰で小さな子どもが泣いているのが目に入った。 誰かを呼ぶ声。 しゃくり上げる肩。 (迷子か…) 気付けば足が向いていた。 子どもが不安げな瞳を上げる。 「大丈夫か?」 近づいた瞬間── 胸の奥で何かがチクリと疼く。 ──木のそば ──誰かが泣いている ──『怖くない、大丈夫』 思い出しかけた映像が、一瞬、視界を揺らす。 「っ……」 視界がぐらつき、動けなくなる。 だがすぐに息を整え、手を伸ばした。 「一緒に来い、係の人を探す」 子どもの小さな手を引くと、 その温度が記憶のどこかを叩いた気がした。 (なんだ…今のは) 忘れている何かの記憶の断片なのはわかる。 違和感を感じながらもリリズは歩を進めた。

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