12 / 40
第一章 高等部 4話 はじめて会った日2
授業が始まった。
国語。
算数。
社会。
先生の話す日本語は分かる。
分かるが、少し速い。
英語で考えて、日本語で聞くと、頭の中で一拍遅れる。
政輝はノートを最低限だけ取った。
全部書く必要はないと思った。
分かるところは分かる。
分からないところは、あとで聞けばいい。
それより、教室の空気の方が面倒だった。
休み時間になるたびに、ちらちらと視線が来る。
隣の席の子が声をかけたそうにして、やめる。
前の席の子が振り返って、また前を向く。
政輝は窓の外を見ていた。
その方が楽だった。
何度目かの休み時間。
ふと視線を感じて、横を見る。
さっきの黒髪の子が、少し離れた席からこちらを見ていた。
目が合う。
黒い髪。
静かな顔。
騒いでいる子どもたちの中で、その子だけ妙に温度が低い。
政輝が見返すと、その子は少しだけ瞬きをした。
それから、何事もなかったように前を向いた。
変なやつ。
政輝はそう思った。
昼休みになると、当然のように人が集まった。
「海外どこ?」
「英語喋って」
「髪きれい」
「なんで長いの」
「日本好き?」
質問が多い。
一つ答えると、次が来る。
政輝は最初、一応答えた。
「England」
「え、イングランド?」
「英語喋ってよ」
「今喋った」
「もっと」
「別に」
「なんで?」
「だるい」
「だるいって何」
別の男子が身を乗り出す。
「じゃあさ、英語で何か言って」
政輝は少しだけ相手を見た。
“Too lazy.”
教室が一瞬止まる。
「え?」
「だるい」
日本語で言い直す。
それで終わりにした。
「なんだそれ」
「感じ悪」
「別にいいけど」
人の輪が少し崩れた。
政輝は机に肘をついて、窓の外を見た。
離れていくなら、それでよかった。
追う気もない。
話したいなら話せばいいし、嫌なら離れればいい。
そういうものだと思っていた。
ただ、教室の空気は少し変わった。
さっきまでの好奇心が、少し気まずさに変わる。
誰かが小声で何か言う。
別の誰かが笑う。
政輝は聞こえないふりをした。
その時、飼育棚の方から声がした。
「外行かない?」
黒髪の子だった。
声は大きくない。
でも、不思議と周りに届いた。
「今日、天気いいよ。鬼ごっこでも、サッカーでも」
「やる」
「ボール持ってくる」
「俺も行く」
椅子が引かれる。
人が動く。
さっきまで政輝の机の周りにあった空気が、するりと別の方へ流れていった。
責めるでもない。
庇うでもない。
誰かを悪者にするでもない。
ただ、話題を変えただけ。
教室は少しずつ、いつも通りの騒がしさに戻っていく。
政輝は窓を見たまま、横目でその子を見た。
黒髪の子は、友達と話しながら教室を出ていくところだった。
誰かに何かをした、という顔ではない。
むしろ、本人は何もしていないつもりなのかもしれない。
それが変だった。
英語を聞きたがる子どもたちより。
担任より。
この学校の、家の名前が当たり前に混ざる空気より。
その子の方が、ずっと分からなかった。
昼休みの校庭は明るかった。
子どもたちが走っていく。
政輝は少し遅れて立ち上がった。
別に混ざるつもりはなかった。
ただ、窓の外にいたその黒髪の子が、ボールを受け取って笑っているのが見えた。
さっきの静かな顔とは少し違う。
でも、やっぱりどこか遠い。
「久遠も来る?」
誰かが廊下から声をかけた。
政輝は少しだけ考えた。
「行く」
そう答えると、声をかけた子が驚いた顔をした。
政輝は気にせず、教室を出た。
校庭へ向かいながら、もう一度思う。
変なやつ。
でも、嫌な感じではなかった。
ともだちにシェアしよう!

