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第一章 高等部 4話 はじめて会った日5
片づけが終わった頃、教室の前の方が少し騒がしくなった。
「光出」
男子の声だった。
困ったような、焦ったような声。
「どうしたの」
光出が顔を上げる。
「絵なくした。今日、図工で提出なのに」
「あー」
「やばい。先生怒るじゃん」
「ここに置いたのに」
空気が少し変わった。
それまで騒がしかった教室の音が、変な方向へ固まり始める。
「ほんとに置いたの?」
「誰か動かしたんじゃない?」
「え、知らない」
「ちゃんと見たの?」
責めるほどではない。
でも、誰かが悪いことになりそうな空気だった。
なくした男子の顔が、少しずつ赤くなる。
困っているのか、怒りたいのか、泣きそうなのか、よく分からない顔だった。
政輝は興味がないふりをして、牛乳の残りを飲んだ。
けれど、視線だけはそちらへ向いていた。
光出は少し考えていた。
難しいことを考えている顔ではなかった。
ただ、どうすればいいかな、という顔。
「最後に見たの、どこ?」
「机」
「ほんとに?」
「……体育の前」
「じゃあ体育の時かも」
「でも見た」
「外行った?」
「行った」
「じゃあ、多分」
光出は椅子から立ち上がった。
「探そう」
「え」
「まだ時間あるよ」
光出は教室の中を見た。
「僕、あっち見る。誰か廊下見てくれる?教室も、もう一回見よう」
言い方は強くなかった。
命令でもなかった。
でも、不思議と何人かが動いた。
「じゃあ俺、廊下」
「机の下見る」
「棚の方探す」
さっきまで責める方へ流れかけていた空気が、いつの間にか別のものに変わっていた。
誰が悪いか。
誰がなくしたか。
誰がちゃんと見ていなかったか。
そういう話ではなくなっていた。
探す。
それだけが残った。
政輝は椅子に座ったまま、それを見ていた。
変なの。
またそう思った。
光出は別に、誰かを庇ったわけではない。
格好いいことを言ったわけでもない。
泣きそうな男子を慰めたわけでもない。
ただ、探そう、と言っただけだった。
十分もしないうちに、声が上がった。
「あった!」
机の棚の後ろだった。
丸まった画用紙が、奥に滑り込んでいたらしい。
「よかった」
「ほんとだ」
「危なかったじゃん」
男子がほっとしたように画用紙を持ち上げる。
周りも笑う。
さっきの嫌な空気は、もうどこにもなかった。
誰も責めていない。
誰も怒っていない。
なくした本人も、少し照れたように笑っている。
光出はそれを見て、ほっとしたように少し笑った。
「よかったね」
それだけだった。
達成感を見せるでもない。
感謝を待つでもない。
自分が空気を変えたことにも、たぶん気づいていない。
本当に、絵が見つかってよかったと思っているだけに見えた。
政輝は、その後ろ姿を見ていた。
なんだ、今の。
すごいことはしていない。
絵を見つけたのは光出ですらない。
でも、確かに何かが変わった。
変な空気が、きれいになくなった。
光出は席へ戻り、何事もなかったように給食の続きを食べ始めた。
隣の友達が何か言う。
光出は少し笑って、牛乳を飲む。
普通の子どもみたいに。
いや、普通の子どもなのかもしれない。
ただ少し、変なだけで。
政輝は机に頬杖をついた。
窓の外を見る。
空は晴れていた。
校庭の端で、風に揺れる木が見える。
小石が靴の中に入ったみたいな感覚が、胸の奥に残っていた。
痛いわけじゃない。
邪魔というほどでもない。
でも、気になる。
政輝はもう一度だけ、光出の方を見た。
光出はもうこちらを見ていなかった。
給食を食べて、友達の話を聞いている。
さっきティッシュを渡したことも、絵を探したことも、全部もう終わったことみたいな顔をしている。
政輝は小さく息を吐いた。
やっぱり、変なやつ。
でも、嫌な感じではなかった。
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