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第一章 高等部 4話 はじめて会った日7
政輝は少しだけ目を細めた。
変だ。
“You’re not annoyed?”
(腹立たない?)
なんとなく聞いた。
光出が首を傾ける。
“Should I be?”
(怒った方がいい?)
それから、日本語で続けた。
「まだ全然だし。もっと上手い人いるよ」
普通に言った。
本当にそう思っているような言い方だった。
政輝は返す言葉をなくした。
なんで嫌な顔をしないのか。
なんで張り合わないのか。
なんで、言われたことをそのまま受け取って、必要なところだけ置いておけるのか。
少し変だった。
かなり変だった。
「涼!」
後ろから声がした。
教室の扉のところに、友達が二人立っていた。
「外行こ、サッカーやる」
「あ」
光出が振り返る。
「行く」
迷わなかった。
さっきまで机の前に立って英語で話していたのに、呼ばれたらすぐにそちらへ向いた。
切り替えが早い。
無理に会話を続けようともしない。
「久遠も来る?」
別の友達が言った。
光出が政輝を見る。
少しだけ考えたような顔をして、それから笑った。
「どうかなぁ」
押さない。
誘いすぎない。
でも、拒んでもいない。
「来たかったら来て」
それだけだった。
来るなら来ればいい。
来ないなら来なくてもいい。
その距離が、変に楽だった。
「じゃあ行こ」
「うん」
光出は友達と一緒に教室を出ていった。
廊下を走るな、と誰かが言った。
笑い声がして、扉が開いて、閉まる。
教室が少し静かになった。
政輝は本を開いた。
読んだ。
読んだ。
でも、すぐに止まった。
窓から生ぬるい風が入ってくる。
校庭の方から、子どもたちの声がした。
たぶん、光出もその中にいる。
意地悪を言われて、それでも普通に笑った顔。
行くと決めたら迷わなかったこと。
政輝を置いていくことに、変な罪悪感がなかったこと。
それより少し前。
“I want to go there.”
(行ってみたいな)
あの言い方が、妙に残っていた。
自慢でもない。
話を続けるための言葉でもない。
ただ、そう思ったから言っただけの声。
なんで普通なんだ。
政輝は本に視線を戻した。
文字は並んでいる。
意味も分かる。
でも、頭に入ってこない。
変。
変なやつ。
そう思いながら、政輝はもう一度だけ窓の外を見た。
校庭の端で、黒い髪が走っていくのが見えた。
ボールを追って、少し笑っていた。
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