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第一章 高等部 4話 はじめて会った日11
小学三年、六月。
あの日から2週間程が過ぎた。
梅雨が近いせいか、朝から空気が重かった。
教室の窓は開いていたけれど、入ってくる風はぬるくて、あまり意味がなかった。
黒板の前では先生が算数の問題を書いている。チョークの音が、少し眠くなる速さで続いていた。
政輝は、一番後ろの窓際で頬杖をついていた。
興味はなかった。
聞けば分かる。だから、ずっと聞いている必要もない。
ぼんやりと教室を眺める。
前の席の少し右。
光出涼。
最近、気づけば見ていた。
理由はよく分からなかった。
ただ、あの日からだった。
昼休みの終わり、キーホルダーがなくなって、教室の空気が自分へ向いた時。光出が「僕もいたよ」と嘘をついた日。
あの日から、少しだけ目が向くようになっていた。
今日の光出は、少し違った。
教室に入ってきた時から、なんとなくそう思っていた。
友達と話していた。
飼育棚も見ていた。
ウサギの頭を軽く撫でて、亀の水槽を覗き込んで、いつも通りだった。
なのに。
朝、友達に話しかけられた時、返事をするまでに少しだけ間があった。
算数のノートを取る手が、いつもより遅かった。
先生に指名された時は普通に答えたけれど、答え終わった後、ほんの一瞬だけ黒板を見たまま止まっていた。
眠いのかもしれない。
そう思った。
昼休み前、隣の席の男子が光出に聞いた。
「昨日、寝るの遅かったの?」
光出は少しだけ顔を上げた。
「うん」
「ゲーム?」
「違うよ」
「じゃあ何」
「先生」
「学校の?」
「家の」
男子は不思議そうな顔をした。
「家の先生?」
「うん。昨日は英語と、帝王学」
「ふうん。大変だな」
「そうかな」
光出は少し笑った。
それ以上、説明しなかった。
政輝は頬杖をついたまま聞いていた。
家の先生。
講師のことだろうと思った。
久遠家にも家庭教師はいた。必要な時だけ来る。
分からないところを教えてくれる。それ以上でもそれ以下でもない。
でも光出の言い方は、少し違った。
それが当たり前の予定として、毎日の中に組み込まれているような言い方だった。
昼休みになると、教室が一気に騒がしくなった。
「外行こうぜ」
「サッカーやろ」
「涼も来るよな?」
声が飛ぶ。
光出は椅子から立ち上がりかけて、ほんの少しだけ止まった。
本当に少しだけ。
それから、いつものように笑った。
「うん、行く」
政輝はその動きを見ていた。
断ればいいのに、と思った。
でも、光出は断らなかった。
嫌そうではない。
むしろ、サッカーは好きなのだと思う。
走るのも、ボールを追うのも、光出は好きそうだった。
体育の時も、ふざけている男子よりずっと動きがきれいだった。
ただ今日は、眠そうだった。
それだけだった。
「久遠も来る?」
誰かが言った。
政輝は本を出しかけていた手を止めた。
「……行かねぇ」
「また?」
「だるい」
「お前いっつもだるいな」
「うるせぇ」
男子は笑って走っていった。
光出もその後に続いた。
廊下へ出る前に一度、政輝の方を見た。
目が合った。
「来たかったら来て」
そう言って、光出は少しだけ笑った。
無理に誘わない。
断っても気にしない。
でも、来たら受け入れる。
そういう距離のやつ。
政輝は返事をしなかった。
光出はそれでいいという顔をして、教室を出ていった。
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