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第一章 高等部 5話 校舎裏4
政輝は残りを食べ終えると、袋を丸めた。
「次、英語だっけ」
政輝が言った。
何事もなかったみたいに。
涼は少し遅れて答える。
「そう」
「寝る」
「またか」
「発音悪い」
涼は一瞬だけ政輝を見る。
それから、ほんの少し笑った。
「あの先生の?」
「あれで英語教師は詐欺だろ」
「失礼だな」
「本当のことだろ」
「まさきの家が英語だから、余計にそう聞こえるんじゃないのか」
「いや、あれは誰が聞いてもひどい」
「家で毎日聞いてる基準で言うな」
「うちの犬でももう少しましに鳴く」
「犬はいないだろ」
「いたらの話」
「雑だな」
「知るか」
涼が少し笑った。
外向きの笑みではない。
人を安心させるためでも、場を整えるためでもない。
ただ、政輝の言い方が少しおかしかったから笑った顔だった。
政輝はそれを見て、少しだけ微笑んだ。
「午後の資料」
涼が言う。
「戻るのか」
「戻る」
「少し休め」
「水飲んだ」
「休めって言った」
「聞いた」
「聞いただけかよ」
涼は袋を畳み、水を鞄に入れた。
そして校舎へ戻る方を見る。
その横顔は、もう外へ戻る準備を始めていた。
涼は立ち上がる。
制服の皺を払う。
髪を少し整える。
さっきまで校舎裏で食べられずに止まっていた顔が、廊下へ戻る前に、光出涼の形へ整っていく。
政輝はそれを見ていた。
「戻る」
涼が言った。
「午後、寝るなよ」
「寝る」
「即答するな」
「起こせよ」
「嫌だ」
「冷てぇな」
「お前の睡眠は俺の管轄外だ」
政輝が少し笑った。
「会長様なのに?」
「生徒会長は便利屋じゃない」
「似たようなもんだろ」
「違う」
涼がふ、と小さく笑った。
それから、少しだけ声を落とす。
「……夜、別にお前まで起きてなくていい」
政輝は涼へ目を移した。
涼は目を伏せて、足元を見ている。
伏せた目元の下に、薄く隈ができていることに、政輝はちゃんと気づいていた。
「俺がしたくてしてる」
「お前はちゃんと夜寝ろ」
「昼寝てても授業を理解してるなら問題ねぇだろ」
涼は困ったように眉を下げた。
けれど、それ以上は何も言わなかった。
言っても変わらないことを、もう分かっている顔だった。
「それじゃ」
涼は短く返して、校舎の方へ歩き出した。
廊下へ入る直前、もう一度だけ振り返る。
「あと、パン」
「何」
「……ありがと」
短い。
礼にしては雑だった。
けれど政輝には、それで十分だった。
「あぁ」
涼はそれ以上何も言わず、校舎へ戻った。
廊下に入った瞬間、声が変わる。
「ごめんね、待たせたね」
柔らかい声。
穏やかな顔。
誰にも不安を与えない光出涼。
政輝は校舎裏に残ったまま、空になった購買の袋を丸めた。
雨上がりの湿った風が通る。
表ではほとんど話さない。
教室では、涼は優等生で、政輝は寝てばかりいる厄介な同級生。
けれど、裏では違う。
パンを渡す。
授業の話をする。
英語教師の発音に文句を言う。
食べられなかった残りを、何でもない顔で食べる。
くだらないことで、涼が少し笑う。
それだけのことだった。
それだけのことが、政輝には少し悪くなかった。
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