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第一章 高等部 6話 文化祭準備1

文化祭準備が本格的に始まると、学校の空気は少し変わった。 普段は静かな廊下にも、段ボール箱が積まれる。教室の前には模造紙が貼られ、階段の踊り場には去年の看板が立てかけられている。体育館へ続く渡り廊下では、照明係の生徒が脚立を運び、教師がそれを見て「廊下を塞がないように」と声をかけていた。 午後の授業が終わったあと、生徒会室の前には、いつもより多くの生徒と教師が集まっていた。 その中心に、光出涼がいた。 整った顔立ちだった。 ただ、目を引く派手さはない。笑えば人目を奪う、というより、そこに立っているだけで周囲の騒がしさから一人だけ音が抜けるような綺麗さだった。 文化祭準備でざわつく廊下の中で、涼はひどく整って見えた。 「光出くん、体育館の導線なんだけど」 教師が図面を広げた。 「保護者席と来賓席がここで重なる」 「来賓は何名ですか」 「現時点で二十六。まだ増える可能性がある」 涼は図面を見た。 「では、保護者受付は正面玄関ではなく、第二昇降口側へ回した方がいいです。体育館へ入る前に列が分かれます」 「第二昇降口だと少し遠くないか」 「保護者には事前案内で伝えれば問題ありません。混線するよりは安全です」 「なるほど」 別の教師が、少し声を潜めた。 「光出先生側の来賓導線は別で考えた方がいいかもしれないな」 周囲の生徒が、少しだけ反応した。 光出先生。 この学校では、そう呼ばれることがあった。 涼の父親。 光出京一郎。 元総理で、今も政界に絶大な影響力を持つ人物。 そして涼の母親は、かつて国民的に知られた女優だった。 そう聞けば、涼の顔立ちが人目を引くことにも、妙に納得がいく。 けれど涼本人は、父の肩書きにも、母の過去にも、自分の容姿にも、ほとんど関心がないように見えた。 「元総理が来る可能性があるなら、警備も確認しないと」 教師の言葉に、涼は顔を上げた。 表情は変わらなかった。 親の来校を喜ぶ顔でも、困る顔でもない。 「父は来ないと思います。ただ、分家筋の方が何人か来る可能性があります。名簿が出れば、こちらで整理します」 一瞬、周囲が黙った。 父。 分家筋。 名簿。 涼の口から出るそれらの言葉は、家族の話というよりは、来賓管理の項目として話しているように聞こえた。 教師が頷く。 「では、光出家関係は君に一度確認してもらっていいか」 「はい」 「無理はしなくていい」 「大丈夫です」 涼は柔らかく笑った。 「分かる範囲で整えます」 その声を聞いて、生徒たちはまた動き出した。 誰かが図面へ書き込む。 誰かが段ボールを持ち上げる。 誰かが「じゃあ第二昇降口の掲示作る」と言う。 涼はそれを一つずつ拾っていく。 「掲示は大きめに」 「案内係は二人置こうか」 「雨天時の導線も確認しておいて」 「文面はあとで見るよ」 声を荒げない。 命令もしない。 けれど、止まっていたものが自然に動き出す。 生徒会室から少し離れた廊下の壁際で、政輝はそれを見ていた。 片手をポケットに突っ込み、もう片方に鞄を持っている。 だるそうな顔。 眠そうな目。 文化祭準備に参加する気がないように見える。 実際、参加する気はあまりなかった。 面倒だった。 飾り付けも、掲示も、導線も、どれも自分には関係ないと思っている。 ただ、涼は見ていた。 涼は教師と話しながら、机の上の資料を揃えている。いつも通りに見える。けれど、資料を持つ手が少し遅い。返事の前に、ほんの一拍だけ間がある。椅子の背に置いた指が、一度だけ力を抜いた。 疲れている。 たぶん、朝からずっとだ。 午前の授業。 昼休みの生徒会対応。 放課後の文化祭準備。 来賓導線。 光出家の名前。 全部、涼はいつもの顔で処理している。 だから誰も気づかない。 政輝は軽く舌打ちした。

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