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第一章 高等部 8話 記憶の断片1
文化祭準備は、終わりに近づくほど雑音が増えた。
廊下には看板が立ち、教室の隅には使い終わった段ボールが積まれている。体育館からは椅子を並べる音が響き、窓の外では雨上がりの湿った風が校舎の壁を撫でていた。
涼は、生徒会室の前で最後の確認をしていた。
来賓名簿。
控室の割り振り。
寮生の点呼表。
ステージ使用時間。
それぞれ別の紙に書かれているものを、頭の中で一つの流れに組み直していく。
「光出くん、控室の備品なんだけど」
女性教員が声をかけてきた。
涼は顔を上げる。
「はい」
「予備の立て札が足りないかもしれないの。倉庫、一緒に確認してもらえる?」
「分かりました」
返事はすぐだった。
その少し離れた廊下で、政輝は男子たちと看板を運んでいた。
正確には、また巻き込まれていた。
「久遠、そっち下げろって」
「うるせぇ」
「壁擦るだろ」
「じゃあお前が持て」
「持ってるだろ」
「俺も持ってる」
「だから下げろって」
政輝は本気で面倒そうな顔をしながら、看板の片側を持っている。
声は雑で、態度も悪い。
けれど、看板は壁に当たらない。
人の邪魔にもならない。
文句を言いながら、ちゃんと持っている。
涼はそれを視界の端で見た。
金色の、光を帯びた髪。
昨日の校舎裏のことが、一瞬だけ胸の奥を掠める。
いい子。
指先に残っていた政輝の髪の感触。
政輝の髪は柔らかくて、手で触れるといつもその柔らかさに驚く。
涼はすぐに資料へ視線を戻した。
今は考えることではない。
「倉庫はこちらです」
涼は女性教員へ向き直り、鍵束を取り出した。
政輝は看板を運び終えたところで、その動きを見た。
女性教員。
備品倉庫。
涼が鍵を持っている。
それだけなら、ただの文化祭準備だった。
それだけなら。
涼はいつもの顔をしている。
柔らかく、静かで、誰にも不安を与えない顔。
けれど政輝は、胸がざわつく、嫌な予感を感じた。
「久遠、次これ」
男子が別の箱を指す。
「嫌だ」
「即答すんな」
「今のが最後」
「さっきも言ってた」
「更新した」
男子が笑う。
政輝は返事をしながらも、廊下の奥へ向かう涼の背中を見ていた。
涼は振り返らない。
一瞬、止めようか迷う。
けれど人前だから、政輝も名前を呼ばない。
涼は政輝が人前で話すことを嫌がる。
高等部に入ってから干渉が増えた光出の家に、お前が目をつけられたくない、と一度目を伏せながら話しているのを見てから、政輝は人前で話すのをやめた。
だから、ただ。見ているだけしか出来ない。
涼が倉庫の扉を開ける。
女性教員が先に中を覗き込んだ。
「暗いわね。電気、どこだったかな」
「右側です」
涼が手を伸ばし、壁のスイッチを押した。
蛍光灯が数回瞬いて、白い光がつく。
備品倉庫は狭かった。
段ボール。
古い布。
折り畳み椅子。
去年の看板。
棚の上には、使わなくなった立て札やパネルが重ねられている。
女性教員は棚の上を見上げた。
「あの箱かしら」
「確認します」
涼は一歩進んだ。
「待って。私が取るわ」
女性教員がつま先立ちになる。
棚の上に手を伸ばす。
箱は思ったより奥にあった。
女性教員の指先が箱の端に触れた瞬間、足元の段ボールが少しずれた。
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