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第一章 高等部 9話 はじめて遊ぶ日2
次の週も、暑かった。
朝から水泳の授業があり、教室に戻ると、みんな少し浮かれていた。
髪が濡れている子。タオルを首にかけたままの子。いつもより声が大きい子。
政輝は水泳そのものは嫌いではなかった。
ただ、授業後の教室の騒がしさは面倒だった。
席に戻ると、光出が少し離れたところで給食袋を机に掛けていた。
顔色は悪くない。
でも、眠そうだった。
前の日、何かあったのかもしれない。
家の先生。
父親の会食。
前にそういう言葉を聞いたことがある。
光出はそれを普通みたいに言う。
政輝には、それが少し変に思えた。
昼休み前、先生が言った。
「今日のプリント配り、誰かお願いできますか」
何人かが手を上げる前に、光出が顔を上げた。
多分、立つ。
政輝はそう思った。
その瞬間、政輝は机の上に置かれたプリントの束を取った。
「俺、やる」
教室が一瞬だけ止まる。
先生も少し驚いた顔をした。
「久遠くんが?」
「はい」
「じゃあ、お願いね」
政輝は列ごとにプリントを配り始めた。
「珍し」
男子が笑う。
「雨降る?」
「うるせぇ」
「久遠が配ってる」
「レアじゃん」
「黙って受け取れ」
政輝は雑に返しながら、プリントを配る。
光出の席まで来た時、光出が顔を上げた。
「久遠くん」
「何」
「プリント、逆」
「読めればいいだろ」
「名前欄が下になるよ」
「細けぇ」
光出は小さく笑った。
「ありがとう」
「別に」
「うん」
光出はプリントを受け取った。
その手元を見て、政輝は少しだけ気づく。
鉛筆を持つ指が、いつもより力が入っていない。
やっぱり眠そうだ。
プリントを配り終えると、先生が「ありがとう」と言った。
政輝は返事をしなかった。
席に戻る。
隣の男子が言う。
「お前、急にどうしたの」
「気分」
「気分で手伝うやつだったっけ」
「知らねぇ」
「自分のことだろ」
「知らねぇ」
政輝は窓の外を見た。
光出は前の方で、配られたプリントに名前を書いている。
少しだけ、動きがいつもよりゆっくりだった。
それでも、誰かに聞かれれば顔を上げて答える。
「今日出すのってここまで?」
「うん。帰りまでだよ」
「ありがとう」
「うん」
普通だった。
政輝はそれを見て、少しだけ苛立った。
何に苛立ったのかは分からない。
眠いなら眠いと言えばいい。
疲れているなら、手を上げなければいい。
でも光出は、きっと言わない。
言わないまま、いつも通りにやる。
だから先に取った。
それだけだった。
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