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第一章 高等部 9話 はじめて遊ぶ日6

水を替え終わった頃には、夕方の光が教室に入っていた。 子どもたちはほとんど帰っていて、廊下も静かだった。 光出は濡れた手をハンカチで拭いた。 「ありがとう」 「別に」 「久遠くん。最近、よく手伝ってくれるね」 政輝は一瞬、動きを止めた。 「そう?」 「うん」 「気のせい」 「そうかな」 「そう」 光出は少し考える。 それから、いつもの柔らかい顔で言った。 「でも、助かる」 政輝は返事をしなかった。 窓の外を見る。 夕方の校庭には、誰もいない。 風が少しだけ入ってきて、濡れた手に冷たかった。 助けているつもりはなかった。 ただ、光出が少し疲れていると、気になる。 光出が立とうとすると、先に立ってしまう。 光出が何かを持とうとすると、取ってしまう。 光出が食べるのが遅いと、理由もなく半分もらってしまう。 そうすると、光出が少し楽そうな顔をする。 その顔を見ると、胸の中にあった小さな石みたいなものが消える。 それだけだった。 だから別に、助けているわけではない。 政輝はそう思った。 本当に、そう思っていた。 「久遠くん」 「何」 「明日、外行く?」 「天気による」 「晴れらしいよ」 「じゃあ気分」 「そっか」 「お前は?」 「行くと思う。走りたいから」 「好きだな」 「うん」 光出は素直に頷いた。 「走るの、好き」 その顔が、少し子どもらしかった。 政輝はそれを見て、すぐに目を逸らした。 なんとなく。 見ているのが、少し落ち着かなかった。 「じゃあ、俺も行くかも」 政輝が言う。 光出がこちらを見る。 「ほんと?」 「かもだけど」 「うん」 光出は嬉しそうに笑った。 それだけで、明日の昼休みが少しだけ悪くないものに思えた。 政輝はその理由を、まだ知らなかった。 ただ、最近はよく光出を見る。 光出が疲れていると気づく。 先に動く。 話す。 外へ行く。 一緒に水槽を持つ。 そういうことが、少しずつ増えていった。 いつの間にか。 本当に、いつの間にか。 政輝は光出のことを、見ているだけでは足りなくなっていた。 この頃はまだ、先に動けばよかった。 光出が立つ前に立つ。 持つ前に持つ。 無理に食べきる前に半分もらう。 それだけで、光出は少し楽そうな顔をした。 けれど、今の涼は違う。 触れれば戻る日もある。 触れたせいで、もっと遠くへ行く日もある。 政輝は、さっき涼が触れていた自分の指先を見た。 まだ冷たさが残っている気がした。 先に動くことだけが、助けることではなくなっていく。 涼が自分で手を伸ばせるところにいて、ただ待つ。 たとえ、自分が、触れたくても。 そして、今夜も。

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