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イエローラナンキュラス
気付けば店員の言葉に頷いていた。
全部任せるつもりだったのに店員は並んだ花を指差しながらひとつずつ名前を教えてくれる。
「これがガーベラ」
「へえ」
「こっちはラナンキュラス」
「……タランチュラ?」
「それは蜘蛛ですね」
あっさり否定された。
店員は少し笑いながら別の花を指差していく。
正直もう覚えられる気がしないと思うのに、不思議と退屈じゃなかった。
結局、どの花にするか決められないまま二十分程経ってしまった。
「どれにします?」
「……。俺に似合いそうな花で」
思ったまま口にすると、店員は一瞬きょとんとした顔をしたあと吹き出した。
それからしばらくこちらを見つめると、並んでいる花の中から一本を抜き取った。
「あれ、タランチュラ?」
「そう、イエローラナンキュラスです」
店員は慣れた手つきで余分な葉を落としながら「多分これが一番似合います」と小さく笑った。
「なんでこれなんですか」
なんとなく聞いてみた。
店員はリボンを結びながら「ああ」と小さく頷くとこちらへ花を差し出す。
「優しい心」
なんのことかと思っていると「花言葉です」と店員が付け足した。
優しい心なんて自分にはあまり縁のない言葉な気がして、思わず手元の花を見た。
会計を済ませてそのまま店を出ようとした時、ふとカウンターの端に置かれていたカードが目に入った。
営業時間と連絡先、それから店主の名前。
カードを手に取ると、
「白石澪」
思わずこぼれた名前に、店員が顔を上げる。
「それ、れいじゃなくてみおです」
そう言われてもう一度、カードへ視線を落とす。
確かによく見ればそう読めなくもない。
「みお」
言い直すと、店員は小さく笑った。
「いきなり呼び捨てですか」
「じゃあ、白石さん」
「一か十しかないんですか」
呆れたように言われるけれど、どこか楽しそうだった。
「じゃあ、なんて呼べばいいんですか」
何となく聞いてみる。
「好きに呼んでください」
「澪」
そう呼ぶと、澪は一瞬きょとんとしたあと吹き出した。
好きに呼べと言われたからそうしただけなのに、どうやら予想外みたいだった。
「本当に呼ぶ人初めて見ました」
「そうなんですか」
「大体、白石さんです」
「俺はその大体には入りません」
そう言うと、澪は不思議そうな顔をしながらまた笑った。
よく笑う人だなと思う。
初めて会った時はもっと静かな人だと思っていたのに、話してみると意外と表情が変わるらしい。
「それで」
ひとしきり笑ったあと、澪が首を傾げる。
「お客さんの名前は?」
ここでようやく自分が名乗っていなかったことを知った。
仕事の関係上、まず人様に名前を聞く前に自分から名乗れと散々言われているのに。
「西条柊です」
そこまで言ってから少し考える。
「できれば柊さんって呼ばれたい派なんですけど、どうですか」
澪は数秒黙ったあと吹き出した。
我ながら気持ち悪いことを言っているなとは思った。
「初対面でそんなこと言われたの初めてです」
「でしょうね」
自分でもそう思う。
けれど今さら撤回するのも違う気がして、そのまま澪を見る。
澪はしばらく笑っていたけれど、やがて諦めたように肩を竦めた。
「分かりました、柊さん」
不意に呼ばれた名前。
名前を呼ばれただけなのになぜか少し嬉しかった。
「ラナンキュラスは適切な環境であれば十日ほど持つ花なので、もしまたなにかあればいつでも来てくださいね」
花の話をしているだけなのに、その言葉を妙に都合よく受け取ってしまいそうになる。
「じゃあ十日後くらいに来ます」
「なんでですか」
「枯れるので」
そう言うと、なるほどと納得したような、していないような顔で笑っている。
それから軽く手を振ると、柊は店を後にした。
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