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交換

「ほんとに好きなんですね、花」 思わずそう言うと、澪は箱へ花をしまう手を止めた。 「柊さんにとって花はどんな風に見えてますか」 質問の意図が分からなかったけれど、少し考えてから口を開く。 「綺麗だなって思います」 正直それくらいだった。 「それで十分です」 そう言いながら最後の花を箱へしまう。 「けど、花だって嘘はつきます」 そう言うと、澪はそれ以上説明することなく箱の蓋を閉めた。 意味が分からず問いかけてみるものの、返ってきたのは曖昧な笑顔だけだった。 そうしていると、気付けば撤収もほとんど終わっていた。 「じゃあ俺も帰るので」 澪はそう言いながら箱を持ち上げる。 せっかく会えたのにもう帰るのか。 そう思ったら、なぜかそれが少し惜しく感じてしまう。 箱を抱えた澪が帰ろうとするのを見て、柊は思わず口を開く。 「飯でも行きませんか」 自分でも驚くくらい自然に言葉が出た。 花の話をもっと聞きたいのか、澪のことを知りたいのか、自分でもよく分からなかったけれどこのまま帰られるのは少し違う。 「ナンパですか」 「んー、とりあえず飯に行きたいですあなたと」 そう言うと、澪は堪えきれないように吹き出した。 「なんですかそれ」 笑いながら言われる。 自分でも上手い誘い方ではなかったと思う。 けれど気付いたら口に出ていた。 澪はしばらく笑っていたが、やがて腕時計へ視線を落とした。 「遅くなったし、居酒屋でもいいですか」 断られると思っていたので、一瞬何を言われたのかわからなかった。 「行くんですか」 「誘ったの柊さんでしょ」 呆れたように言われる。 確かにその通りだった。 「行きますよ」 そう言うと、澪は箱を抱えたまま出口へ向かう。 柊もその後を追うようについていった。 現場から十分ほど歩くと居酒屋が見えてくる。 仕事終わりらしい会社員たちで賑わう店内へ入ると、店員に案内されるまま奥の席へ腰を下ろした。 こうして向かい合うのは初めてだ。 花屋ではいつもカウンター越しだった。 何を話そうか考えているうちに、おしぼりとメニューが運ばれてくる。 「とりあえずビールでいいですか」 「お願いします」 店員が去っていくと、一瞬だけ沈黙が落ちる。 いざこうして向かい合うと、思っていたより何を話せばいいのか分からない。 「なんか緊張しますね」 思わず零すと、澪はおしぼりを広げながら吹き出した。 「誘ったの柊さんなのに」 「そうなんですけど」 自分でもよく分からない。 ただ帰るのが惜しかっただけで、ここまで来た後のことは何も考えていなかった。 そう思っていると頼んでいたビールが届く。 とりあえずグラスを軽く合わせてから、一口飲んだところで澪が小さく息を吐いた。 「生き返る」 思わず笑ってしまった。 花を扱う仕事だからなのか、その姿は少しおかしかった。 「なに笑ってるんですか」 「似合わないなと思って」 「ほんと失礼な人ですね」 そう言いながら澪も笑っている。 さっきまで何を話そうかと悩んでいたはずなのに、不思議と居心地は悪くなかった。 適当に頼んだはずなのに、気付けばテーブルの上は料理で埋まっていた。 アルコールもいい感じに回ってくると、会話も少しずつ途切れなくなっていった。 いつもなら聞かないようなことまで気になってくる。 「澪はいくつなの」 口にしてから気付く。 いつまのにか敬語が抜けていた。 「二十四です」 「俺、二十七」 「別に聞いてないですけど……」 飽きたれように言われる。 けれど自分だけ聞くのもなんとなくずるい気がしたのだから仕方ない。 時間を確認するために、ふとスマートフォンへ視線を向けた時だった。 「あ」 思い出したように言うと、澪も不思議そうに首を傾げている。 「連絡先」 「ん?」 「しらない」 今さらだった。 名前も年齢も知っているのに、連絡先はしらない。 そう言うと、澪は数秒黙ったあと吹き出した。 「順番めちゃくちゃすぎますね」 「確かに」 自分でもそう思う。 けれど花屋へ行けば会えると思っていたので、すっかり忘れてしまっていた。 澪はまだ笑いながらスマートフォンを取り出す。 「交換しますか」 「したいです」 差し出された画面のQRコードを読み込む。 新しく追加された友達を見て思わず口元が緩んでしまう。 「これで花が枯れても連絡できますね」 澪が冗談みたいに言う。 「生き返らせてくれるの」 「無理です」 あっさり返された。 気付けば店を出る頃には日付が変わろうとしていた。

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