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好きの定義

翌朝、ラナンキュラスの花びらが一枚落ちていた。 朝、水を替えようとして気付く。 十日持つと言われた花も、少しずつ終わりへ近付いているらしい。 気付けばスマートフォンを手に取っていた。 昨夜は記憶が曖昧なまま気付けば家にいて、お礼のメッセージを送ったまま寝落ちしたのは覚えている。 画面を開くと、澪からの返信は一通だけだった。 <こちらこそありがとうございました> 短い文章を眺めながら、なんとなくトーク画面をスクロールする。 もちろん昨夜のやり取りしか残ってないのだけれど。 連絡先を交換したまではよかった。 けれど連絡をしていいものなのかと悩む。 しばらく悩んだ末に、机の上のラナンキュラスへ視線を向けた。 <タランチュラの花びら落ちました> 写真付きで送信し、数秒後。 <ラナンキュラスです> すぐに返事はきた。 思わず笑ってしまう。 画面を見つめていると続けてメッセージが届く。 <あと三回くらい言ったら本当にタランチュラに改名されますよ> それもそれで全然面白いのだけれど。 <じゃあ今のうちに覚えておきます> そう送ると、しばらくして既読がつく。 その後、画面にはなにも表示されなかった。 会話が終わったのかと思い、スマートフォンを置こうとした時、再び通知が鳴る。 <花びら一枚くらいならもう少し持ちます> ラナンキュラスへと視線を向ける。 寿命が来る前に他の花もこの無機質なデスクへ飾ってみるのも悪くない気がした。 「はあ!?俺がBLドラマの主演!?しかもなんだって!?俺が受け側!?」 事務所へ着くなり、天馬の叫び声が響く。 マネージャー歴五年。 今さらこの程度で驚くことではないとは思ったけれど、BLドラマの撮影は初めてだった。 「決まったものは仕方ないだろ」 社長がそう言うと、天馬はさらに声を荒らげた。 「いやいやいやいや!西条さん聞いてました!?俺が受け側ですよ!?!?」 「ぽいじゃん」 「はあ!?!?!?」 どうやら気に入らないらしい。 それからもしばらく文句を言っていたけれど、決定事項が覆ることはない。 結局、天馬は不満そうな顔のまま台本を受け取った。 ぱらぱらとページを捲りながら、何度もため息を吐いている。 「そんな嫌か」 「嫌というか怖いです」 「なにが」 「好きになる過程とかわかんないんで」 天馬の言葉に、つい自分を重ねそうになる。 柊も好きになる過程というものを知らなかった。 これまで恋人はいたことはある。 気付けば付き合っていて、気付けば別れている。 そもそも人を好きになるということ自体、あまり深く考えたことがなかった。 好きだと言われれば、断る理由もない。 だから付き合った。 ただそれだけだった。 なので、天馬の悩みも少しだけ理解できる気がした。 「まあ頑張れ」 結局、掛けられた言葉はそれだけだった。 「すごい適当じゃないですか……」 天馬は不満そうに台本へと視線を落とす。 それから数ページ捲ったところで、今度は静かになった。 珍しいなと思いながら書類へ目を落とす。 「西条さん」 「なに」 「会いたいって思うのも好きですか」 不意に飛んできた言葉にペンが止まった。 「知らない」 とりあえずそう答えた。 会いたいと思う相手には心当たりがある。 けれどそれが好きかと聞かれると分からない。 そもそも会いたいと思うこと自体、そんなに特別なことなのだろうか。 「セリフです」 考え込んでいると思われたのか、天馬が慌てて付け足す。 「そう」 興味がないように返しながら書類へ視線を戻す。 けれど手元の文字は少しも頭に入ってこなかった。 気付けばポケットのスマートフォンへ視線が向いていた。 交換した連絡先。 別に用事があるわけではないけれど。 それなのに、なぜか一度画面を開いてしまう。 自分でもよくわからなかった。

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