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好きの定義②
気付けば定時を過ぎていた。
書類をまとめていると、隣で台本を読んでいた天馬が大きく伸びをする。
「西条さん」
「なに」
「飲みに行きません?」
唐突な誘いだった。
理由を聞けば役作りという名の恋愛相談らしい。
正直、相談する相手を間違えていると思った。
それでも断る理由もなく、天馬行きつけのバーへと向かった。
店内は薄暗く、静かなジャズが流れている。
カウンター席へ腰を下ろすと、慣れた様子で天馬が注文を済ませた。
オシャレな名前のカクテルを目の前に置かれ、とりあえず一口飲む。
味は分からない。
ただ高そうなことだけはわかった。
「どうですか」
「酒」
「そうじゃなくて」
呆れたような声が返ってくる。
どうやら本当に恋愛相談をするつもりらしい。
仕事の話ならまだしも、恋愛となると何を話せばいいのか分からなかった。
「西条さんは人を好きになったことあります?」
「たぶん」
「どんな感じでした」
どんな感じ。
改めて聞かれても困る。
「気付いたら付き合ってた」
「参考にならない」
即答だった。
天馬はグラスを揺らしながら小さくため息を吐く。
「会いたいとか、一緒にいたいとか、そういうのって分かるんですけど」
そこで言葉を切る。
「それが好きってなるのがよく分かんなくて」
その言葉になぜか返事ができなかった。
「西条さん?」
呼ばれて我に返る。
どうやら思った以上に考え込んでいたらしい。
「いや」
グラスへと視線を落とす。
――好き。
その言葉だけが妙に頭へ残っていた。
不意にラナンキュラスのことを思い出した。
花びらは一枚落ちていた。
あと何日持つのだろう。
あと何日経てば、あの花屋へ行けるだろうか。
「西条さん」
「ん?」
「だから聞いてます?」
気付けばまた考え込んでいたらしい。
「聞いてない」
「素直」
結局、天馬とこの日は何を話していたのかよく覚えていない。
恋愛の話だった気もするし、ドラマの話だった気もする。
気付けばグラスは空になり、時計の針は随分進んでいた。
家へ帰ると真っ先にデスクへ向かった。
花びらは一枚減っただけで、思ったより元気そうだった。
なんとなく安心しながらネクタイを緩める。
それなのに気付けばスマートフォンを手に取っていた。
トーク画面を開く。
最後のやり取りは数時間前で止まっている。
しばらく画面を眺めたあと、結局何も送らずに閉じた。
明日も仕事だ。
そう思いながらベッドへ入ろうとした瞬間だった。
スマートフォンの通知が鳴る。
画面に表示された名前を見て思わず目を見開く。
――元カノ。
澪かと思い少し期待してしまった自分に気付き、自然と眉を寄せていた。
何を期待していたのだろう。
このままスルーしようとも思ったが、別れたからと言って険悪になったわけでもない。
しばらく迷った末にトーク画面を開いた。
<久しぶり。会いたくなっちゃった>
都合がいいなと思う。
会いたい時だけ連絡をしてきて、満足したらふっといなくなる。
嫌いではなかったけれど、振り回されることには慣れなかった。
それなのにメッセージを閉じることができない。
――会いたい。
その言葉が妙に引っ掛かっていたせいだ。
会いたいと思うことは好きとは違うのだろうか。
考えても答えは出ない。
だから確かめてみることにした。
<いいよ>
短く返信を送る。
それからスマートフォンを置いてベッドへ潜り込んだ。
眠気はあるはずなのに中々寝付けない。
本当に知りたいのはなんだろうか。
――好きになる過程。
――会いたいと思うこと。
それがなんなのか。
そこまで考えて思考を止めた。
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