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無自覚
結局、それ以上は何もしなかった。
元恋人は隣で寝息を立てている。
柊は天井を見上げたまま、小さく息を吐いた。
アルコールはほとんど抜けているはずなのに、頭の中だけが妙に騒がしい。
断れば傷付けると思っていた。
けれど、本当に傷つけていたのはその曖昧さだったことを改めて知った。
そんなことを考えていると、不意にスマートフォンが震える。
今は気分的に誰とも話したくなかった。
仕事の連絡なら明日返せばいい。
そう思いながら画面へ視線を落とす。
<さっき会いましたね>
澪だった。
思わず目を瞬く。
それからもう一度メッセージを読み返した。
開いたままの画面に再びメッセージが届く。
<彼女さんいたんですね>
それに思わず反応する。
<違います>
送信してから気付いた。
勘違いされたくないと思ってしまっていた自分に。
<そろそろ店に来ますか>
意味がわからず眉を寄せる。
<店?>
<ラナンキュラス>
その文字を見た瞬間、思わず笑ってしまった。
そういえばもう半分以上散っていたことを思い出す。
<明日行ってもいいですか>
<もう枯れてますか>
<いえ、なんとか生き残ってますけど>
すぐに既読がつく。
<来たい時にいつでも来てください>
花屋としては当たり前な言葉だった。
けれどその言葉が妙に嬉しくて画面を中々閉じることができない。
気付けば明日のスケジュールを確認していた。
花を買いに行くだけなのに、少しだけ明日が楽しみだった。
翌朝起きると、元恋人の姿はもうなかった。
代わりにテーブルの上へ、一枚の手紙と紙幣が置かれてあった。
【会いたくなったらいつでも♡】
どこまでも自由な人だなと思う。
柊は小さく息を吐くと、手紙を適当にポケットへ突っ込む。
昨夜はほとんど眠れなかった。
そのせいか頭が重い。
急いで支度を済ませると、ホテルを後にした。
「西条さん……なんで昨日と同じ服なの!?!?」
事務所へ着くと、天馬が早々に騒ぐ。
「朝からうるさい」
「なに!?どこの女!?だれ!?」
柊は書類を机へ置くと、小さくため息をついた。
「元カノ」
「は!?」
天馬の声が一段と大きくなった。
それ以上説明する気はなく、柊は書類へ目を落とした。
けれど天馬は納得していないらしい。
しばらくなにか言いたそうにしていたが、やがて大きなため息を吐いた。
朝から騒がしい。
そう思いながらパソコンを立ち上げる。
仕事は山積みだった。
それなのに気付けばスマートフォンへ視線が向く。
昨夜のトーク画面は最後の一文で止まったままだ。
――来たい時にいつでも来てください。
なぜか何度も読み返していた。
「……へぇ。次は澪ちゃんかあ」
いつの間にか後ろに立っていた天馬がぼそりと呟いた。
「なにが」
「いや別に?」
天馬は意味ありげに笑う。
今日はバラエティー番組の出演が控えているというのに、余裕そうな天馬に何となく腹が立った。
「準備は」
「おわりましたよーん」
即答だった。
それがまた腹立たしい。
柊はスマートフォンをポケットへしまうと立ち上がった。
今日は朝から収録が入っている。
天馬を連れてスタジオへ向かうだけだというのに、やたらと時間が進まない。
「体調悪いですか」
不意に聞かれて顔を上げる。
「なんで」
「ぼーっとしてますよ、ずっと」
自覚はなかった。
けれど否定もできなかった。
スタジオに着くと、天馬は既に仕事モードへと入っていた。
打ち合わせを終え、収録の準備が進んでいく。
柊もマネージャーとしてやるべきことは変わらない。
スケジュールの確認。
関係者への連絡。
差し入れの手配。
いつも通りの仕事だった。
それなのに気付けばポケットのスマートフォンへ手が伸びる。
「重症ですね」
いつの間にか隣へきていた天馬が呆れたように笑っていた。
「なにが」
「澪ちゃん」
名前を呼ばれて自然と眉が寄る。
「きもい」
不意に出てきた言葉に天馬は吹き出した。
「あれ〜?嫉妬〜?」
「ほんと何言ってんの」
呆れながら台本へと視線を落とす。
天馬はまだなにか言いたそうだったが、スタッフに呼ばれてようやく離れていった。
静かになったところで小さく息を吐く。
気付けば、今日の仕事終わりの時間を計算していた。
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