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アルストロメリアとデルフィニウム

仕事が終わる頃には外は薄暗くなっていた。 今日も残業になると思っていたのに、珍しく予定通りに終わる。 パソコンの電源を落としたところで腕時計へ視線を向けた。 まだ間に合う。 そう思った瞬間、自分で少し驚く。 気付けば足は駅とは反対方向へ向いていた。 「来たんですね」 店につくと、澪がこちらへ気付いて笑った。 その瞬間、自然と口元が緩む。 自分でも気づかないうちに。 「お仕事おつかれさまです」 お疲れ様なんて言葉はいつも言われているのに、なぜか少しだけ疲れが吹き飛んだ気がした。 それを不思議に思っていると、澪がこちらへと歩いてくる。 「ラナンキュラス、頑張ってました?」 「なんとか」 「さすが」 澪は安心したように笑った。 「今日はどの花にしますか」 店内へ視線を向ける。 色とりどりの花が並んでいるのに結局、自分では選べなかった。 「おすすめで」 そう言うと、澪は少し困ったように笑う。 「またですか」 「またです」 そのやり取りが妙に心地よかった。 澪は並んでいる花をしばらく見回すと、こちらを見た。 それから一輪の花を手に取る。 「今日はこれにしましょう」 「なんて花」 「アルストロメリアです」 またオシャレな名前だなと思った。 「意味は」 前回と同じように尋ねる。 澪は花へ視線を落とした。 「持続です」 どんな意味が込められているのか聞いても分からなかった。 「持続?」 思わず聞き返すと、澪は包装紙を整えながら笑う。 「柊さんがこれからも来ますようにって意味を込めての持続です」 あまりにもさらっと言われて、一瞬言葉に詰まった。 「営業熱心」 ようやくそう返すと、包み終えたアルストロメリアを渡してくる。 「でも」 澪はそこで少しだけ笑った。 「アルストロメリアは二週間くらい持つ花なんです」 「ほう」 「なので、その間にわざと駄目にするような事はしないで下さいね」 一瞬言葉に詰まる。 そんなことを考えていたわけじゃない。 けれど、なにかを見透かしたような目でこちらを見つめていた。 その視線が妙に落ち着かなくて、思わず視線を逸らした。 そんな柊を見て澪は小さく笑う。 「言ったでしょ、いつでも来ていいって」 あまりにも当然みたいに言われる。 返す言葉が見つからず、誤魔化すように店内へ視線を向けた。 向けたところで花の名前はわからないけれど。 「ひまなら覚えていきますか、花の名前」 面白そうに笑いながら近くの花を指さす。 「これは?」 「しらない」 「でしょうね」 即答だった。 なんとなく腹が立つ。 それから澪は店内にある花達をひとつずつ説明していく。 花の色。 開花時期。 育て方。 花言葉。 いよいよ終盤に差し掛かろうとした時、ひとつの花に思わず目が止まる。 「これ」 そう言って指差した先に見えたのは、白色の花弁をつけている花だった。 バラやガーベラのように一輪だけで咲いている花ではない。 縦に連なって小さい花がいくつも咲いている。 「なんて花」 「デルフィニウムです」 「意味は」 「色によって違いますけど」 柊は白い花へ視線を向けた。 「白なら『誰もがあなたを褒める』って言われてますね」 「じゃあこれで」 そう言うと、澪は目を丸くした。 「え?誰かに褒められたいんですか」 「違います、とりあえず包んでもらっていいですか。プレゼント用で」 一瞬だけ澪の動きが止まる。 けれど何も聞かずに花を包み始めた。 慣れた手つきで白い花が包装紙に隠れていく。 その様子を眺めながら出来上がりを静かに待った。 「はい」 しばらくして包まれた花は柊へと渡される。 「ちがう」 ぽつりと呟いた。 「澪にあげる」 渡された白いデルフィニウムを渡し返す。 すると二人の間に数秒の沈黙が落ちた。 澪は綺麗に包装されているデルフィニウムと柊を交互に見つめている。 まるで意味がわからないとでも言いたげな顔だった。 「……俺ですか」 「他に誰がいるんですか」 「え、ありがとうございます」 澪は困ったように笑いながらも大事そうに花を抱えた。 その笑顔を見た瞬間、不思議と悪くない気分になった。 会計を済ませて、アルストロメリアを抱えて店を出る。 数歩歩いたところで、思わず振り返った。 ガラス越しに見えた澪はまだデルフィニウムを抱えたままだった。

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