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芍薬
首を傾げていると、澪は額を押えながら深いため息をついた。
「俺なんかした?」
「そうですね」
澪はじっとこちらを見た。
「現在進行形で愛し合ってるんでしたっけ」
澪はカウンターへ頬杖をつくと、目を細めた。
なにか言いたげな顔でこちらをじっと見つめる。
思わず視線を逸らした。
助けるためだった。
そう自分へ言い聞かせるのに、妙に落ち着かない。
「困ってそうだったから」
言い訳みたいな言葉だった。
本当はそれだけじゃない気もした。
それがなんなのかは自分でもよく分からない。
ただ、あの男が邪魔だということは分かった。
澪の困った顔と、無理に笑う顔は見ていて気分が悪かった。
「ふーん。会いに来たのは嘘ですか」
思わず言葉に詰まった。
花を買いに来たのは本当だ。
けれど、それだけだったんだろうか。
地方ロケの間も、おみくじを引いた時も。
気付けばいつの間にか頭に浮かんでいた。
「……玄関に飾る花、買いに来た」
そう返すと、澪は吹き出した。
「まあ、今はそういうことにしときます」
澪は楽しそうに笑った。
その顔を見ていると、さっきまでの苛立ちが少しずつ薄れていく。
代わりに別の意味で落ち着かない気持ちだけが残った。
「花選びにいきましょうか」
澪は何事もなかったように立ち上がる。
助かったと思った。
これ以上その話を続けられたら、うまく返せる自信がなかった。
「どんなイメージにしたいとかあります?」
澪も何事なかったように花へ視線を向ける。
さっきまでの出来事を忘れたみたいだった。
けれど、それが少しだけ気になった。
「わかるでしょ」
「はいはい、お任せね」
澪は呆れたように笑うと、花の間を歩きながら一本ずつ取っていく。
「今日は芍薬 にしましょうか」
澪は迷いなく淡いピンク色の花を手に取った。
大きな花びらが幾重にも重なっている。
「理由は」
「恥じらいって花言葉なのでピッタリかなと」
思わず眉を寄せる。
「なんで」
「それは自分に聞いてくださいね」
澪は楽しそうに笑う。
その顔を見ていると、反論する気も失せた。
花を整えている澪の方へ視線を向けると、落ちかけている横髪をサッと直す。
慣れた仕草だった。
指先につられるように視線が動く。
ふと、さっきの男を思い出した。
あの男もこんな風に澪を見ていたのだろうか。
そう考えた瞬間、なぜか面白くなかった。
「やっぱ綺麗だわ」
思わず口に出る。
「それはどっちが?」
小さく笑いながら聞いてくるのだから、余計に分からなくなった。
「どっちも」
澪は一瞬だけ目を丸くすると、それから困ったように笑った。
「口説いてます?」
「わからない」
正直な答えだった。
澪を見て綺麗だと思った。
芍薬を見ても綺麗だと思った。
それ以上ことは、自分でもよく分からない。
澪は数秒黙ったあと、観念したように息を吐く。
「ずるいなあ」
そう呟きながら、芍薬を包装紙の上へ置いた。
意味を聞こうか迷った。
けれど聞かない方がいい気がしてやめた。
「芍薬は満開になってから二〜三日しか持ちません。もう少しすれば夏の花達が入ってくるのでまだまだ楽しめますよ」
これからも来いと言わんばかりの言葉だった。
芍薬へ視線を落とす。
咲いたと思えば、あっという間に終わってしまう花。
「短い」
「だから儚くて綺麗なんでしょう」
その言葉に思わず眉を寄せる。
「終わらず綺麗なままでいてよ」
何に向けて言った言葉なのかは分からない。
自分でも驚いた。
澪も一瞬だけ目を見開いたあと、芍薬の花びらを優しく撫でた。
「自覚ないなんてずるいね、俺ですら気付いてんのに」
芍薬に言い聞かせているみたいに呟く。
その意味はまだもう少し知らないままでいたいと思った。
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