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お互い様
ホテルへ着いた頃には、すっかり日も落ちていた。
チェックインを済ませ、エレベーターへ乗り込む。
隣には澪がいた。
それだけのことなのに、なぜか周囲のスタッフたちは最後まで面白そうな顔をしていた。
本当に意味が分からない。
「西条さん」
「なに」
「ドキドキしないでくださいね」
澪はそう言うと、面白がるように柊の前へ一歩出る。その言葉に思わず「は?」と返した。
廊下を歩いていくと部屋へと入る。
ひとりではあんな広かった部屋も澪の荷物などで少し狭く感じた。
「ツインの部屋なんて誰か呼ぼうとか思ってました?」
荷物をソファへ並べながら澪が聞いてくる。
「天馬がよく黙って出かけるから迎えに行かされた後とか」
「ああ」
澪は納得したように頷いた。
「あの人ならやりそう」
そう言いながら荷物を整理していく。
しばらく使われていなかった片方のベッドにも、当たり前みたいに荷物が置かれていた。
その光景をぼんやり眺める。
たったそれだけなのに、部屋の雰囲気が少し変わった気がした。
「先にお風呂入っていいですか?」
「いいよ」
澪は着替えを持つと浴室へ消えていく。
ほどなくしてシャワーの音が聞こえ始めた。
柊はソファへ腰を下ろす。
テレビはついているのに内容は全く頭に入ってこなかった。
いつもと同じ部屋なのに妙に落ち着かない。
それを誤魔化すようにベランへと出た。
外の景色は夜の街で埋め尽くされている。
遠くには観覧車のあかりが見えた。
煙草へ火をつけると、吐き出した紫煙が夜の街へと消えていく。
ようやく少しだけ息がつけた気がした。
「なにしてるんですか」
不意に後ろから声がする。
振り返ると、髪を乾かす前の澪が窓を開けてこちらを見ていた。
「風邪ひく」
「看病してもらうので大丈夫です」
「しない」
あっさりそう返す。
「煙草」
短く返された言葉に首を傾げる。
「俺も吸ってみようかな」
思わず顔をしかめた。
夜風に濡れた髪が揺れる。
風呂上がりだからだろうか。
いつもより少し幼く見えた。
「澪はだめ」
澪は数秒、目を瞬いた。
「なんで」
「綺麗なものは長生きさせなきゃ。芍薬もね。まあやっぱり三日が限界だったけど」
言ってから煙草を咥える。
自分では上手い返しをしたつもりだった。
けれど返事はなかった。
不思議に思って視線を向けると、澪はなぜか額を押さえていた。
そのままゆっくりと視線をこちらへ向ける。
「夏になったら一緒に、向日葵見に行きましょうか」
突然の言葉に柊は目を丸くする。
「なんで向日葵」
「綺麗だし、もっと花を知ってもらわないと」
澪は当たり前みたいにそう言った。
夜風が吹く。遠くの観覧車はゆっくりと光を回していた。
「店じゃなくて、花見に行くんだ」
柊は煙草の煙を吐き出しながら澪を見た。
「嫌ですか?」
澪は首を傾げる。その顔はまるで花のように、どこまでも自然だった。
柊は少しだけ考える。考えところで答えは変わらないけれど。
「断らないってわかってんじゃないの」
澪は一瞬だけ目を丸くした。それから困ったように笑う。
どうせこちらの返事なんて分かっていたくせに、わざと答えを待っているみたいだった。
「お互い様でしょ」
その言葉に鼻を鳴らすと、煙草を灰皿へ押し付ける。思わず小さく笑った。確かにその通りだった。
澪もそれにつられるように小さく笑う。
まるで自分たちの会話を見守っていたかのように、遠くの観覧車のあかりも消えた。静かになる空間も、不思議と嫌じゃなかった。
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