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 そして我が家は、そんな縁戚にさらに輪を掛けて腐り切っている。  公爵の地位はなんら伊達ではなく、リッシュ家は代々国政の中枢を担ってきた、名門中の名門とされる家名だ。  両親はこの家の政治的な立場を保つことだけを考え、子供たちのことは駒としか思っていない。乳母がどれだけ愛情を注いでくれたとしても、きょうだいたちはやがてそれぞれ自身の立場と求められる役割を理解し、不必要な感情を削り落としていっただろう。  アデラに関しては、前述したとおり。  ――つまり、俺たちが馬鹿みたいに無邪気に笑い合っていた幼少期は、図らずも奇跡だったわけだ。  実を言えば、俺、リオン・ル・リッシュは、『ヒストリア』には一切出て来ない。モブキャラ以下の、言わば世界の空気と言える。  そして本来のリオンというやつはそもそも、血統主義の婚約者アデラを従えねばならず、腹黒の親類とも余裕で渡り合う狡猾ささえ求められる立場にあった。  要するに、ゲームに出番こそなくとも、悪役の親玉的立ち位置なのだ。  それはもう、傲岸不遜で冷酷無比な男だったことだろう。……むしろそうでなれば、もともとめっきり家族仲など冷え切っていたリッシュ家では生き抜けない。 (生きるために) (相手を陥れて、なにが悪い?)  俺ではないリオンが持つはずだった思考回路を、ふとした時に自分の中に感じる。だが、俺自身はそれをまるで気に掛けなかった。  まったくもってどこ吹く風と、いつだって意識の外側へと丁重に押し流していたのだ。  なぜかって?  自分の感情を消したら、演技は棒になる。――そんなのはごめんだ。  川嶋穂高という声優は、決して輝かしい才能に満ち溢れていたわけじゃない。  学生時代にちょっと良い声だと褒められて鼻を高くしたことはあるが、そんなもの、声優の養成所に入ればあまりにもありふれた声だった。  どこにでもある、単なるイケボ。それをただ一つの武器として戦うには、とにかく演技力が磨かれていなければ話にならない。  だけどな、俺が一歩進めば、同じクラスの仲間は三歩も十歩も前を行くんだ。  そんなのは狡いだろうと拗ねたところで、差はどんどん開くだけ。とんでもない才能を持ったやつを傍らに、歯を食いしばって、負けるもんかと自分を鼓舞して、愚直に一つずつ、出来ることを増やしていく。  それがどれだけ悔しく、つらく、泣くに泣けないほどに打ちのめされる日々だったか、俺以外は知らないだろう。  たかが転生したくらいで、あっさりと捨てられるもんじゃないんだよ。  川嶋穂高の人生に、退屈だとか暇だとかいう言葉が出て来ることは一瞬だってなかった。俺はずっと、ずっと、自分の声について――自分自身の演技について、考え続けていたんだ。  俺が「声優になりたい」と思ったのは、高校生の時だ。  見よう見まねで好きな小説の台詞を口に出してみる、なんてことから始めた。ちょっとした出来心でそれを録音して、いざ再生してみたものの、あまりの気持ち悪さに身悶えたとかな。あるあるだ。  けど、それを辞めなかった。しつこくやり続けた。姉にバレて、めちゃくちゃ馬鹿にされながら爆笑された。だからなんだよ。笑ってろよ。  俺は絶対に、声優になるんだ。  俺の声を待ってるキャラクターが、いるんだ。絶対。 (ああ) (俺の声だ)  自分の声がする。  もうすでに喪った――二度と発することのない、川嶋穂高の声。  いちばん得意だった、低音域のヒーローボイス。低すぎず、ハリがあって、けれどどこか深く響く。徹底的に磨き上げたから、この声にだけは自信があった。これで戦えなきゃ、俺に未来はないとまで思ってた。 「私か。――私は、シルヴァン」  シルヴァン・オリオール=デュラフォア。  この国の第三王子だ、と続ける彼の言葉を、俺は最後まで聞き取ることが出来なかった。五歳ぶりに、涙腺の蛇口がぶっ壊れる。心臓が痛い。世界中が、水になる。 (ああ)  俺は膝が立たなくなって、崩れ落ちた。力の入らない両手を持ち上げて、顔を覆う。その手が、がくがくと震える。涙が止まらない。俺の声だ。川嶋穂高の、声がする。助けてくれ。  さすがにひどすぎるだろう、神様。  泣き伏した俺に気付かないまま、『ヒストリア』の登場人物たちはチュートリアルみたいな初対面の会話をしている。だが俺には、なにも聞こえない。  かつての自分の声の、その響きだけがわかる。  決して俺を――声優・川嶋穂高を必要としないこの世界は、そうして何度でも、俺一人だけを打ち据えに来る。  まるで、こうしてもう一度生まれてしまったことこそが罪であるかのように。

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