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「リオン。おまえには、将来の展望はあるのか?」
シルヴァンがそんなふうに訊ねてきたのは、彼の侍従がお茶と菓子を用意してくれたテーブルに着く、休憩時間でのことだった。
場所はもちろん、いつもの練習室だ。
俺が実家へ帰省した日からは、半月ほど過ぎている。
シルヴァンはたまにたっぷりと練習室に長居出来る日、決まって根を詰めようとする。普段、思うように時間を割けないからこそ、そのもどかしさを一挙に解消しようとしてしまうのだ。だが、人間の体は一気に負荷を掛けすぎれば壊れるように出来ている。
俺は彼の指導者として、適宜きちんと休憩を取らせることも自分の仕事だと心得るようになっていた。
そんなわけで美味しいお茶に癒されながら、だらりと取り留めもない話をしていたわけだ。
「うん。あるよ」
知り合いの進退について、罪も害もない噂話にのほほんと興じたばかり。そんな流れの中、俺は特に抵抗もなく頷いて返した。
「俺はまず、だいたい二年後にアデラと結婚する」
「……そうか」
「そうしたら、騎士団の近衛隊からは異動になって、父親の下に付く。それと同時に、公爵家の仕事も俺に割り振られるようになるはずだ。だから、俺がこんなにまったりしていられるのは、残り二年もないってことになるな」
もちろんシルヴァンほどではないにしろ、俺もそれなりに忙しくなることは確定している身だ。徐々に背負う責任も増え、この身の自由はより一層、削り落とされてゆく。
だからこそ、俺の希望は、俺が自分で作る(はずの)会社にあるのだ。
「そうだ。俺さ、いっこ訊きたかったんだ。シルヴァンって、自分で会社を始めたことある?」
「いや。俺の持つ事業は、身内から引き継いだものばかりだ。……なにか、商売を始めるのか?」
「そりゃまあ、今すぐってわけでもないけど……」
俺はやんわりと濁しつつ、でもなんとなくシルヴァンには話してしまってもいいような気がして、言葉を続けた。
「最近さ、人形劇なんかも有りだなって思うんだよな。俺が出来そうなのって紙芝居くらいしかないよなーとか以前は思ってたんだけど、それよりはまだ人形劇のが需要ありそうな気がする。俺もさすがに人形劇は経験ないから、ここに来てまさかの新しい挑戦ってわけで、単純に楽しそうだし」
「その口振りだと、まるでおまえが現場に立つ勢いだな」
ティーカップを傾けながら、シルヴァンが苦笑してみせる。俺はもちろん、首を傾げた。なに言ってるんだ。
「立つけど」
「……立つのか?」
「そのために会社を作るんだから、そりゃ俺が現場に立つよ。むしろ、俺がそこに立てなきゃ意味ない」
「だが、おまえは宰相になるんだろう?」
シルヴァンから当たり前のように問われて、俺は彼の目を見たまま、ゆっくりじり…っと顎を引く。本心としてはまったく頷きたくないんだが、それでも一応、頷いたようには見えたはずだ。たぶん。
「リオン。高い地位には、相応の責任が伴うものだ」
そんな俺とまっすぐ相対する第三王子殿下は、綺麗な緑色の瞳に一つ、瞬きを落とした。そうして紡がれる彼の言葉は、俺にとっては、なんの前触れもなく放たれた矢と同じだ。
「リッシュ家は代々、王家の右腕として、時には最大の関門として、国政の要を担ってきただろう? おまえが現宰相のリッシュ公爵の後に続こうと思うなら、王城内における執務を積極的に学び、政治に関して自分自身の意見を持ち、そして志を同じくする仲間を集めておかねばならない。片手間でなんとなくでも王城に居さえすればいい、などと考えるのは、不遜だ」
「……」
片手間で。
なんとなく。
シルヴァンの用いた表現は、あまりにも的確だった。――俺の中にあるどうしようもない甘えを、怖いくらいまっすぐに、びしりと射貫いてみせたのだ。
まるで、『夢』を映し出す白濁色のスクリーンが一矢のもとに破られたみたいに。
俺にとって都合の良すぎる夢想が吹き飛んで、そこにある、本当の自分の姿が見えた。……見えて、しまった。
「すまない。俺の言葉は、きつかったか?」
俺が黙りこくっているのを見て、シルヴァンはそっと眉根を寄せる。ああ、そうだった。自分自身の言動で部下が萎縮してしまう、と悩んでいたシルヴァンを前にして、貝のように口をつぐむのは、いちばんやったらだめなことだ。でも。
(声も出せないくらい、胸が痛むのは)
(図星ってことだ)
叶わない夢を、そうと知りながら、惰性で追い掛けている。
それが、いまの俺の姿だった。
わかってる。
……そもそも俺は、大人になったリオンの声はちっとも芝居向きじゃないと自覚してるんだ。
声で演じたい。
だけど、この声は演技に向かない。
俺がいまだに外郎売を欠かさないのも、騎士寮に持ち込んだ本をこっそり音読してるのも、もはやただの未練だった。
どうすればいい?
きっといつか空に届く、と信じて風船を膨らませようにも、この世界にはガスがない。
俺の息を吹き込むことは出来るが、それじゃ一ミリも浮かび上がりはしなかった。前世の自分が幾つも幾つもぱんっぱんに膨らませて青空へと放っていた風船たちは、ここではただの干からびた死体だ。
だから俺は、萎んだ風船を天井から糸で吊って、まだだ、まだこいつは浮いてる、と無理やり見上げている。
ひとたび『夢』の皮を剥いでみれば、実態はそれほどまでに惨めな姿でしかなかった。
(俺は)
どうしたらいい。
どうすれば、この世界での人生を楽しいと思えるんだ。――やりたいことなんて、一つもないのに。
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