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 解せん。 「アデラ。俺はそんなに、物騒な存在(やつ)なのか?」  俺が問うと、すぐ間近に見下ろせる婚約者の表情はふわっと柔らかく砕けた。あまりにも唐突過ぎたせいで、アデラは冗談かなにかだと捉えたようだ。 「それはいったい、どういった趣旨でのご質問ですの?」 「趣旨などないよ。言葉のままだ」 「まあ。とんでもない難題ですこと」  小さく笑いながら、アデラは他愛もない言葉遊びに興じる。「わたくしにとって、あなたほど物騒な方は他にはいませんわね」。今夜の彼女は自身の髪色を写し取ったかのような深紅のドレスだ。そこに金糸の刺繍を施していて、ひどく艶やかな装いだった。  俺は彼女と刻むステップの行方をリードしながら、ダンスフロアの床に深紅のドレスを華のように広げさせてゆく。周囲には、同じように楽しく踊るカップルたち。何組ともすれ違いながら、けれど決してぶつかることなく優雅に、ホールを満たす音楽の中を踊った。  晩夏の王都をきらびやかに彩る、夜会。  シルヴァンとの仲がどうにか修復された日からは、数日を経ていた。  この夜に開かれる会は、結婚前の若者ばかりが招待されている。だからか、会場の雰囲気もぐっと賑やかだ。婚約者のまだいない者たちにとっては出会いの場に、俺たちのように婚約がまとまっているカップルにとっては、上の年代の目を気にしないくてもいい分、二人で気軽に楽しめる夜のデートとして定番だった。  こういった夜会の良いところは、まず料理に外れがないところだ。招待客らに見くびられてはなるものか、といった主催のプライドを感じられる。とにかく美味い。  あとは、着飾った婚約者を見られるところも良い。  アデラは破格の美人だから、特に見応えがある。仮にそうでなかったとしても、小さな頃から知っている相手が大人の魅力を持って華やかに装うさまは、なんとも感慨深いものがあった。  小ぶりな取り皿に好きな料理を盛ってゆく傍らのアデラを、俺はついじっと見つめる。 「リオン」  つんと取り澄ました横顔のまま、アデラが低く呟いた。 「……そういった目線が物騒ですと申し上げていますのに。どうか、ご自覚なさってくださいな」 「うん?」  話の流れが見えない。  俺は彼女の声音をよく聞き取ろうと、顔を寄せる。今夜のチークはずいぶん可愛らしいピンク色だな、と気付くのと同時、アデラはその瞳の動きだけでこちらを見遣った。……心なしか、やんわりと睨まれているような気がする。 「あ、ごめん。俺の分は、自分で取るよ」 「そうではありませんけれど!」 「そのソテー、めちゃめちゃ旨そうだな。アデラの真似をして、俺も食べよう」  めあての料理を見つけると、俄然、腹が減った。俺は取り皿を片手に、テーブル上の大皿と向き合う。隣のアデラは「もう」となにやら膨れていたようだが、それもすぐに、料理の美味しさに溶けて消えていった。 「アデラ。向こうのテーブルに、君の好きなケーキがあったよ。はい」  行き交った近衛騎士の仲間らに挨拶をしに行き、その帰りに一つの皿をピックアップして、俺はアデラの傍らに戻る。差し出すと、アデラはぱっと笑顔になった――が、すぐに悩ましげに眉を寄せた。 「もうお腹いっぱいか?」 「リオンとこうして夜会に訪れますと、わたくし、どうしても食べ過ぎてしまうのですわ……」 「まあ、俺が色気より食い気だからな。アデラはいつもいっしょに料理を楽しんでくれるから、俺も嬉しいよ」 「……わたくしがこの日のためにどれだけ調整しているかそっくりご存じですのに、あっさりと言われますのね。リオン」  恨めしげに睨まれてしまい、俺は苦笑する。  週に何度か、退勤後に二人で通うティールーム。夜会が近付くと、アデラはお気に入りのケーキを自制して、紅茶だけで過ごすようになるのだ。 「努力家のアデラを尊敬してるよ」  本来、悪役令嬢として周囲の人間へ強要するはずの完璧主義を、現在のアデラはすべて自分自身へと向けてしまう。  彼女はそう容易く折れる性分でもないが、それでも過度に自身を追い込み、すっかり余裕を失って消耗しきっている……なんて姿は、特に学園時代にはたびたび見たものだ。  そんな時、俺はどうしたら彼女の助けになれるだろう、とよく思い悩んだ。 「このケーキ、俺と半分こにしようか」 「っ……いいえ、戴きますわ」  俺の提案に反して、アデラは何かを吹っ切るように瞳の力を強くする。 「リオンから戴くのですもの。こちらは、わたくしが独り占めいたします」  まるで子供のような宣言に、俺は笑った。彼女の張る意地は、昔からどこか可愛らしい。 「――リオン」  アデラはケーキの皿を快く受け入れる代わりに、その片手に持つ、受け取ったばかりと思しきグラスをこちらへと寄越した。俺のタキシードの胸元へ、つい、と押し付ける。 「わたくし、心得ておりましてよ」  俺がグラスを手に取ると、彼女はそこから反動を得たかのような軽やかさで、すうっと体を離してゆく。ドレスの長い裾が、綺麗な幕を引いた。  艶やかな睫毛で彩られた瞳を上げる時、アデラの目線は、それとなくフロアの奥を捉えてみせる。  人波の向こう。  確かにそこには、ブノワ・ビゼーの姿があった。 「お友達とお話をしてまいります。ご心配なさらずとも、他の殿方の手は取りませんわ」 「……君が退屈するまでには、その隣に戻るよ」 「ええ。お待ち申し上げております」  ケーキの皿を片手に可愛らしい笑顔を見せた後、俺にはもったいないほどよく出来た婚約者は、しなやかな肩先に風を切るような足取りで「お友達」の集う方向へと歩み出す。  何も言わずとも、彼女の態度そのものが、「実兄よりも婚約者を信じる」と告げていた。  グラスのシャンパンを一気に煽る。  俺たちはたぶん、良い夫婦になれるだろう。  二人が正式に婚姻関係となるまで、あと二年。その間に、俺がアデラへの恋へと落ちればいいだけだ。  ダンスフロアの奥をそれとなく窺うと、壁際のソファに座すブノワは、傍らに婚約者を連れている。  俺の名でブノワへと送った書簡は、すでに彼の手元に届いているはずだった。 (さて、どう出るか)  いったん空席を探す顔でもしながら、これ見よがしに相手の視界に入っておこう、と決め、俺はソファ席の方向へと足を進める。  こちらがコンタクトを取りたがっていることがわかれば、向こうも必ず何らかの反応を示すに違いなかった。 「っ……」  暢気にグラスを傾けていたブノワの両眼は、ほどなく大きく見開かれる。  お、気付いた。……と、思う間もあればこそ、彼は慌てふためいて立ち上がり、困惑する婚約者すら置いて、ソファの裏に引かれた幕の外側へと出て行ってしまったのだ。  あー……、と。  これは。  薄い希望を持ってしばらくその場に佇んでみたが、ブノワからの言づてを得た誰かが俺を呼びに来る、といった動きも一切なかった。  うん。これは、あれだ。……逃げたな。 (駄目だろ、それは……)  アデラがああもあっさり実兄を見捨てた理由が、俺にもよくよくわかってくる。  俺の送った書簡を読み込めば、俺と交渉する利点に気付けたはずだ。懇切丁寧に、そういう文章を書いたんだ。……にも関わらずこの態度、ってことは、つまり。  なんっにも考えてねえじゃねえか。  ああ、徒労だ……。  もういい。アデラの元へ戻ろう。

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