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 俺セレクトの肉料理に舌鼓を打つシルヴァンを傍らに見ながら、俺はここ一月ほどのことを考える。  演技って、なんなんだ。  悩みに悩み抜いた後で出て来た俺の答えは、「自分の感情を素直に表現すること」だった。  だってそもそも、シルヴァンが朗読劇に挑むのは、ノエル王女殿下のためだ。  歳の離れた妹とのコミュニケーションが上手く成立せず、一方的に怖がられてしまっている。そんな状況を変えたくて、シルヴァンは彼女の誕生日をきっかけに歩み寄ろうとしているのだ。  誰がなんと言おうと、それは間違いなく兄から妹への愛情だろう。  ただ、俺と稽古を始める前の――自分の声音が硬すぎることにコンプレックスを持っている、と話していた頃のシルヴァンがそのまま朗読劇をやったとしても、彼の愛情はおそらくノエル王女殿下へは伝わらなかったに違いない。  なぜならシルヴァンの感情の栓はめっちゃぴったり閉められており、水滴の一粒だって洩れ出て行かないようになっていたからだ。  もちろん大前提として、彼は王族である。感情をすべて開けっ広げに晒すことは、単純に危険だった。それでは周りの信頼を得られないばかりか、とっくに足元を掬われて失墜していた可能性すらある。  ただでさえそんな境遇であるのに、さらに前世の俺・川嶋穂高さんの力みまくりの芝居が拍車を掛けてしまったせいで、シルヴァン第三王子殿下はおよそあらゆる方面でコミュニケーション不全を起こしていた、というわけだ。……その節は本当に、まじで申し訳ない。  では、感情の栓とはどうやって開けるのか?  ストレートな感情表現を妨げているのは、無意識の強張りだ。知らぬ間に、物理的に、体は硬直している。そうやって凝り固まってしまったフィジカルを緩めてゆく方法なら、俺もいくつか知っていた。……演技を学び始めて最初にするレッスンは、たいていそれなのである。  これ以上はない、と思えるほど本気の大声を出してみるだとか、変顔を全力でやるだとか。  そのうちのどれを彼が実践したのかは王子様の名誉のためにも伏せておこうと思うが、シルヴァンは本当に素直で真面目な生徒だった。  自分の声はどこまででかく出せるか、表情筋の可動域はどこが限界か。  一度それを把握出来れば、格段にコントロールが効くようになる。自分の意思でコントロール出来るということは、「表現」出来る、ということだった。  コントロール出来る、表現出来る、という安心感が――自分自身への余裕が、感情の栓を開かせる。  水滴の一粒も洩れ出ず、立ちはだかる鉄壁のごときだったシルヴァンは、朗読のためにその声音を磨き、感情表現の方法を学ぶことで、どんどんと人間味ある王子様になっていっているのだ。 「……リオン。おまえは俺に、いやがらせをしたわけじゃないよな?」 「ん?」 「からい……」  気付けば、傍らのシルヴァンが半泣きになっている。なんだなんだ。……というか、この姿をひとたび肖像画にでも描かれようものなら確実に後世まで残されるはずの、破格に高貴な装いだというのに、ぺっしょりと情けなく眉を下げて弱音を吐いてるって、おい。可愛いんだが。  彼の皿を覗き込むと、悪魔風なんとかと呼ばれる肉料理に手を付けたところらしかった。焼いた肉に辛いソースを絡める料理で、確かに舌にびりりと来る。それが旨いんじゃないか。 「とにかく口の中を流すしかないな。ワインとシャンパン、どっちがいい?」 「ワイン……」  俺は適当な給仕係を呼び止め、かしこまりましたと請け負ってくれた相手の背を見送る。  夜会は再び、ダンスタイムに突入するようだった。  フロア向こうの壁際から楽団が音楽を奏で始め、その音が会場を満たすのに合わせて、手に手を取ったドレスとタキシードの人波が次々と中央へ躍り出る。色とりどりのドレスが裾をふんわりと翻すさまは、華やかな蝶の羽ばたきのように見えた。 「うわ、隊長。なに泣かされてんですか」 「あ~このソースのやつガチ辛いんで食べないでくださいねって言いに来たんですけど、遅かったですね~」  そんな中、シルヴァンへと向けて歩み寄ったのは、第一隊の騎士たちだ。  彼らは王子の傍らに陣取っている俺のことも承知のようすで(まあ、俺はこの王国の宰相の息子なのである)、それぞれこちらへ向けてもそつのない挨拶を述べる。俺はむろん、若輩者の騎士一年生として、先輩諸氏へきっちりと騎士の礼を返した。  騎士たちの肩章を見れば、彼らは一人残らず幹部級の猛者であることがわかる。つまり、シルヴァンにとっては直属の部下たちだろう。 「リッシュ君の前だからって、つい格好付けちゃったんですか。で、見事に撃沈してると。情けないっすね、隊長」 「……うるさいぞ」  シルヴァンは実に決まり悪げに口を開くが、そこに威圧感など微塵もなかった。 「涙目で凄まれても面白いだけなんでやめてください。ほんとなんでこの顔で辛いもの食べられないんですか」 「あっワイン取って来ましょうか、俺!」 「そういえば隊長、さっき騎士団長が……」  おお。仲良しだぞこれ。  騎士たちはどこか嬉しそうに彼らの隊長を取り囲み、和やかにわいわいと盛り上がり始める。  俺は若干、俺に構われたくて寄ってくるオーギュストのにこにこした笑顔を思い出しながら、第一隊の騎士たちに場所を譲った。  シルヴァン隊長への敬意を確かに抱きながらも、過度に緊張したようすはなく、こうして話せるのが楽しくて仕方ない、と伝えるような、きらきらした瞳たち。  どこぞの令嬢の手を引いていた騎士ですら、ご令嬢に断った後、まるで吸い込まれるようにしてこの輪に加わってくるくらいだ。  おそらく今後、シルヴァンの下から離れようとする部下なんて、一人もいないに違いなかった。 『おまえの言い分が正しい。リオン・ル・リッシュ』  俺と最初に(まともに)会話をした時のシルヴァンは、彼自身の内側に生じている二律背反によって、半ばがんじがらめになっていた。……そんなふうに相反する自分自身の、その隙間からシルヴァンが差し出してくれた精一杯の誠意を、俺はずっと覚えている。  いまのシルヴァンは、もうあの矛盾をすっかり解消しているんじゃないだろうか。  もちろん、俺の指導によってフィジカルの柔軟性が上がったから、なんてのは、副次的な要素に過ぎない。だってそうだろう。人がどうして自分の感情を的確に表現したいのかと言えば、「伝えたい気持ちがあるから」だ。  シルヴァンは素直だ。  もともと、その心には嘘がないんだ。だから、自縄自縛の縄をきれいに解いてしまえば、あとはなにを取り繕わなくてもちゃんと人に慕われる。  じゃあ、世間的に「完璧」なだけのリオン・ル・リッシュは、その心になにを持っているって言うんだろう。――暗黒色の虚しさ? 死んだ風船? (俺は、ずっと)  そうだよ。俺はずっと……嘘を、吐いてるんだ。 「リオン」  ひとしきりじゃれ合った騎士らが立ち去ってしまうと、シルヴァンは俺へと小皿を差し出す。  そこに残っていたはずの辛いやつは気の好い騎士の一人が代わりに平らげていたし、別の気の利く一人がワインを持って来てシルヴァンへ手渡していたおかげで、俺のもとに届いたワインは無事に用無しとなった。俺にとっては重すぎる赤色のそれは、ついさっきなんとかすべて胃に収められたところだ。  そしてなぜいま、空の小皿が俺へと向けられているのでしょうか、王子様? 「鶏の香草焼きと、赤身のステーキが特に良い味だった」  目の前におわす高貴なるお方は、とても嬉しそうな笑顔でおっしゃる。うむ、つまり。  ……おかわりを注げと。  俺は笑った。  普段はそうでもない気がするのに、なんか変なとこでがっちがちの王族仕種するなあ、シルヴァン……。

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