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 部屋の前の廊下までは蝋燭の火が灯っていたけれど、……むしろそのせいで、室内に火を灯すのを忘れていた。  まあ、灯したところで、すぐ無用になったことは間違いない。 「ジャケット……」  シルヴァンが脱ぎ捨てて、寝台の外側へと落とすそれを見て、俺はぼんやりと呟く。  彼より先にすべての衣服を剥かれた俺の痩躯は、いまは体のどこもかしこもが熱を灯されたようにじんじんと痺れていた。  シルヴァンからもたらされた、痕を残さない優しい口づけも、痕を残したぢりりと痛む愛撫も、舌で柔らかく濡らされる感触も、力強い歯に甘噛みされる心地よさも。俺の肌の上で行われたすべてが、あまりにも生々しくて、俺の意識はどろどろに溶けかけている。  秋の夜空を煌々と照らす月明かりが、傍らの窓から惜しみなく降り注ぐ。そんな光の下で、シルヴァンはベストに、シャツに、とどんどん自らの肌を露わにしていきながら、俺の声に応えた。 「ん?」 「きんいろの……刺繍が、あったな、と思って」 「おまえの髪色だ」  最後の布を寝台の外へ放って、シルヴァンは飽きもせず、俺の唇を吸いに来る。ちゅ、と小さな音が立てられると、無性に切なくて胸の中が騒いだ。切なさと愛しさは、あまりにもよく似ている。 「いかにも片想いを拗らせた男が仕立てそうな服だな、と笑ってくれ」 「俺なんかの、どこを好きなの」 「物怖じせず、世界をぶち壊して回る力強さだな」  俺は怪獣か何かか。  即答してくれたのは嬉しいが、どうにもロマンチックにならない。……ロマンチックを望んでいるかと問われたら、そうでもない気もする。 「ん、っん、ッ」  シルヴァンは俺の肩先にキスしながら、下肢の方へ手を伸ばして、昂ぶるままの俺の熱をそっと握った。びくんと腰が跳ねてしまい、羞恥に頬が熱くなる。 「俺、だけ……だめ、だから、シルヴァンも」 「ああ。握ってくれ」 「んんん」  ねだるように腰を押し付けられたと思うと、俺の腹に火を当てられたような熱が乗る。自分の肌を辿りながらそれへと手を添えるのには、だいぶ勇気が要った。  間違っても直視しないよう、シーツに額を当てるくらい顔を背けた俺のことを、シルヴァンは柔らかく笑う。 「無防備だな」  彼の目前に晒している首すじへ、始めにキスが落ちて、次には舌で辿られた。ぞくぞくと肌が粟立ち、皮膚の下を走った気持ちよさが、確実に俺の下腹部へ溜まってゆくのがわかる。 「あ、あ……っ」 「さっき出したばかりなのに、もう達くのか?」 「先っぽ、摘まむ、の……やめ、ああ、んっ」  じんじんと疼く先端を、シルヴァンの指先が捏ねるように揉む。その悪戯があまりにも悦くて、太ももが引き攣れるように跳ねた。  俺は顎を上げて、「あ、あ、」と喘ぎ声を洩らす。頭の奥が、じいんと痺れるみたいだった。 「手がすっかりお留守だ。リオン」 「ああっん、」  シルヴァンの熱から離れた俺の手は、全身を駆け巡る快感をやり過ごそうと、シーツの波をきつく握り締めるだけで精一杯だ。  胸元が開いているならちょうどいい、とばかりに、シルヴァンは俺の胸の尖りに吸い付く。舌の上で転がされるように愛撫され、やわく歯を立てられると、どうしなくても腰が震えた。 「や、や、」  俺はこみ上げてくる射精感を耐えたくて、シーツにこめかみを押し付ける。体の敏感なところに纏わり付くシルヴァンの愛撫が、もうずっと離れなくてつらい。 「やだ、も、どっちも、先っぽ……っ」 「リオン。おまえが達ったら」  胸元への愛撫を止め、俺の耳を覆うように唇を被せたシルヴァンが、濡れた声音で囁く。 「次は、指を挿れる」 「!」  そんな。  そんな予告。  強烈に恥ずかしさを煽られて、視界が潤んだ。同時に、じんわりと深く浸透するように、快楽の波が背筋を這い上がる。小さく、四肢の先端が震えた。……ちょっと待て。待ってくれ。恥ずかしいのが気持ちいい、みたいな反応をする(やつ)があるか。  シルヴァンは俺の唇をキスで塞ぎ、その大きな手をすべて使って、下肢の熱を扱く。  なんてことだ。全身のぜんぶに、気持ちいい感触しかない。  俺は喘ぐ声もないまま、彼の手淫に陥落したのだ。 「は、……ぁ、あっ」 「リオン」  逸る呼吸を整える間もないうちに、鼻先に嗅ぎ慣れない匂いが触れた。紳士限定の夜会。その会場である屋敷の中、わざわざに用意されている部屋だ。無論、男同士で睦み合う時に入り用の物はあらかた寝台周りに揃えてある、ということなんだろう。  おそらく香油の類いを纏ったシルヴァンの指が、俺の後孔をゆるりと探る。 「え、あ。す……する、のか」 「しない。指を挿れるだけだ」 「ゆ、ゆびなら……たいしたことないだろ、みたいな、言い方を」  俺はまだ呼吸が走っていて、長い台詞にも苦心せねばならないんだぞ。そんな俺に、よくも遠慮もなく、骨張って堅い指を押し込……っ。 「していない。だが俺も、そうのんびりとは待てない」 「っ……」  ひどい熱に浮かされているかのような目で、シルヴァンは俺を見据える。  俺はたぶん、捕食される間際の獲物だ。  なのにどうして、泣くに泣けずにいる彼に、ひっしになって縋り付かれている気持ちになるんだろう。  ――俺がシルヴァンを、恋しく想っているからか。  知らず腕を高く伸ばして、俺はシルヴァンの頭を胸へと抱き寄せる。よく手入れされた黒髪に頬を埋めると、より一層の愛おしさが増した。 「リオン……」 「っ……、っ」  体内で蠢く指の感触が、なんとも言い難い。  それでも耐えていると、ふいにびりっと下肢が痺れた。え。な――。  なんだこれ、と戸惑う間にも、勝手に背が反って、俺はシルヴァンの頭を解放する。びく、びく、と細かく跳ねながら、直接神経を弾くような快感になぶられ、どうにも出来ずに四肢を震わせた。あ、あ。 「ひ、あああっ、あ」 「リオン。息を詰めるな」 「は……っ、は……っ、ん、ん、だめ、やだ、も、しな、いで」  くちゅくちゅと水音を立てているのは、もしかしなくても、俺の後ろか。  シルヴァンは、どれくらい香油を足したんだろう。  始めに受け入れた時は強い抵抗があったはずなのに、気付けば、俺の内側はシルヴァンの指の堅さにもすっかり馴染んでいる。骨張った太さにもだ。  俺の体の一部みたいに馴染み合ったそれが、ぐにぐにと肉筒を弄んでくる。繊細なはずの器官をそうして掻き回されるのが、あまりにも快い。  特に、彼の指先が捉えたままの――俺の内側の深くにある快感の芽は、だめだ。 「とめ、て、あ、あ、だめ、あっ、ああっ」  体内のそこを押さえられながら、体外で勃ち上がる熱に、シルヴァンの大きな手が重なった。ぐっと握られ、扱かれて、俺は声を上げて背を反らす。  俺の熱はぐとぐとにぬかるんでいて、粘つく濡れた音が耳に届くのが恥ずかしい。シルヴァンの力強い愛撫が堪らない。気持ち、いい。  やばい。これ、こんなの、見境がなくなる……。 「ん、んっ」  堅い指で胎内を掻き回されると、堪らない快感が沸き起こって、俺は全身を震わせた。  シルヴァンは身を屈めて、俺の額や唇にキスを落とす。まるで火をくべられたみたいに、性感が高まってゆく。吐く息が炎のように熱い。思考が溶け落ちる。  大きな手に炙られる俺の欲望の先端も、焦げ付くような熱を持ってゆく。がくがくと腰が震えて、止められない。 「ひぁ、ぁっ、あ」  シルヴァン。  俺を射る緑瞳の強い光が、ぐっと眇められる。  彼のぜんぶが俺を乱して、喘がせて、……この人が好きだと、心に叫ばせる。 「ああっ、あ、あああ……っ」  やがて限界が訪れると、俺は達した。体中がばらりと砕けて、そのまま宙に投げ出されるみたいな、なんだか取り返しの付かない快感だと思った。  ほどなく、シルヴァンは俺の内側から指を抜いた。  全身の力が抜け切ってくったりとした俺の痩躯はひっくり返され、震える腰だけが上げさせられて、両方の膝頭も揃えさせられる。太ももがぴったりと閉じた。  そうしてそこに、彼は自身の熱塊をくぐらせるのだ。濡れた重たい熱が、その先にある俺のものを押し潰す。 「んんっ……」  始めはゆるりと、それからすぐに遠慮なく。シルヴァンは己の熱を解放するために腰を穿ち出した。俺は額をシーツに擦り付けたまま、自分の身体の下に、シルヴァンの熱塊を見つめる。  いかに同性だろうと臨戦態勢になってるそれを見るのはどうかと思っていたはずなのに、いまや俺はシルヴァンのそれをガン見しているのだ。あまりに淫ら過ぎて、むしろ目が離せなかった。 「シルヴァン、ぐちゃぐちゃに、ぬれてる……」 「――リオン」  彼が本格的に俺の背に覆い被さってくるようになると、下腹部で重なり合った熱塊同士は、もうどろどろのぐちゃぐちゃというありさまだった。  俺は頭を下げている体勢がきつくなり、背中を反らして上向く。シルヴァンの緑瞳を探して、身体を捻った。シーツに突っ張っている両腕が、快楽のためにがくがくと震える。気持ちいい。 「あ、あ、まっ、た、やあ、や」 「……何を、待つんだ」  俺の放つ言葉に大した意味もないことを知っていて、シルヴァンは柔らかく笑う。  まだ擬似的なものとはいえ、こういう行為の最中に笑うのは、ずるくないか。  ただでさえ罪深い容貌を持つのに、凶暴なくらいの色気をたっぷり滴らせたまま目元を緩めるのは、もはや凶悪なんだが……! 「んんあっ、あ、や……っ」  心臓がきゅんと捻れるのと同時に、たぶん、体の感度が上がった。  いや、もう、俺はもう達さなくていいんだ。疲れたんだ。出るものも出ないほど、出した。次はシルヴァンの番だ。  そう思うのに、体が燃え上がっていく。  結局俺は、シルヴァンが達するのに合わせて、また腰を震わせた。  そうしてどうやら、気を失ったのだ。  次に目を覚ました時は、真夜中。――ピアノの音が、きこえた気がした。銀色の音色で、静かに降る雨。「シルヴァンのテーマ」だ。  西の空の低い位置に、白い月がかろうじて引っ掛かっているのが見えていた。 「……」  俺は一人、体を起こす。  傍らに寄り添っている大きな体温を、そっと見下ろした。  寝台に降り注ぐ月明かりの中、彼の端整な輪郭は、清かな銀糸で彩られている。ちょっとの間だけ、本気で見惚れてしまった。……知ってはいたが、改めてとんでもなく綺麗な人だな。 「リオン……? 気が付いたのか」  ちゃんと気配を殺していたはずなのに、シルヴァンの瞼はゆっくりと持ち上がった。  彼は寝起きの手のひらを伸ばして、俺の頬に触れる。 「……なぜ、泣いている」 「うん」  わからない。  でもたぶん、シルヴァンのことが愛しいからだ。 「リオン」  あたたかな声音で俺を呼んで、シルヴァンはその指先にすう…っと静かな冷気を纏わせる。彼は確か、氷の精霊の加護を得ていたはずだ。  優しい指が俺の涙を包むと、零れるそれは、きらきらときらめく氷の粒になった。 「泣くな」  季節違いの雪が、俺の潜めた嗚咽といっしょに降る。  泣くよ。  そんなふうに、俺は思った。  だって、これほどまでに俺の命に食い込んでいる人は、他に居ない。二つ分の人生のどちらを見たって、あんただけなんだ。  シルヴァン。  好きだ、好きだよ、と俺の心が言う。それは必ず次を打つ鼓動のように、尽きず、留まらず、止めどなく、繰り返す。  いまこの瞬間を生きる俺には、明日のことなどちっともわかりやしない。だから少しだけ、怖かった。 (いつか)  ――この恋が尽きる日、なんて、本当に、俺のもとに来るんだろうか。

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