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吐き出す息が、声 になる。
……たったそれだけのことに、どうして魅了され、どこまで夢中になるんだろう。
俺が声優になりたいと思ったのは、ごく単純な話、めちゃめちゃ好きな声優さんがいたからだった。
その人の声と演技を好きになったきっかけは、やっぱりアニメだ。
それは原作を知る俺からすれば大して魅力的だとも思えない、むしろちょっと邪魔だよなとすら思っていたキャラクターだった。なのに、声の演技が付いた途端、とんでもない説得力を持って俺の胸に迫ってきたんだ。
『ねえあんた、僕に味方してよ!』
最初に登場する時の台詞。生意気で身勝手な――だけど本当は、負けそうな自分自身を必死になって鼓舞している、切なく健気な。
俺が原作からは読み取れなかった、キャラクター本人も語らぬ心のうち。
それが、わかる。
あまりにも鮮やかに、ダイレクトに、伝わってくる――まるで、キャラクターの心が直接ぶつかってくるかのように。
その瞬間の衝撃は、俺の中で色褪せなさすぎて、逆にどうにも語り難い。……俺はこれとまったくおんなじことを自分のラジオ番組でも言って、相方だった三つ上の先輩に「仮にも言葉を扱う職業で、「語れない」はないだろ」と呆れ顔で笑われたりしていた。
たぶん、自分を囲う壁がぜんぶ崩れ落ちたとか、心臓の真ん中を掴み取られたとか、そんな感じのショックだったんだ。
そこからは、もうテレビ画面を通して放たれる台詞の一つ一つが、生意気な十代だった俺の心にグサグサと刺さりまくった。どんな些細な一言だって、その人が演じて放つたび、俺の縮こまった世界を壊しに来る。
ちょっと怖いくらいだった。
そう。怖いくらいに、俺は夢中になったんだ。戦って戦って、思いを果たせずに散るキャラクター。死を迎えた回では、俺は息が出来なくなるほど泣いた。
この子はべつに、どこにも居ない。
ただの動く絵だ。
なのにどうして、こんなに俺の心臓に刺さって、ぐちゃぐちゃに掻き乱して、……どうか明日も生きていてくれよと、死ぬなよと、祈らせるんだろう。
「僕は、精一杯に生きたよ」。
最期の一言が、永遠に消えない結晶のような宝石を、俺の心に刻みつける。
なんにも持っていなかったはずの俺は、もう無為な人生には戻れなくなった。俺の中には、大きな傷口にも似た、透明な宝石があるんだ。
俺の、たったひとつの宝物。
それはきらめく強い意志を生み出して、やがて俺自身を、夢へと駆り立てるようになる。
……人間にとって、声の記憶は、いちばん最初に薄れるんだそうだ。
俺は、そんなの嘘だと思ってる。
俺の中の宝石は、死んで転生したいまでさえ、消えていない。目に痛むほどきらきらと、そして静かに目映く、永遠の光を放つままだ。
(いつか)
俺もそんなふうになれたら、と思ってた。――誰かにとって、宝石になる声を、演技を、生み出せたら。
だからたぶん、これは都合の良い夢なんだ。
「穂高くん、最終話の放映いま終わったよー。ほんとに、終わっちゃったよー……。シルヴァンの声、第一話からずっと、最後まで、すごくすごく素敵だった。ずっと忘れない。忘れられないよ」。
「最終話を見たら本当にお別れだから、つらくて見られなくて、いま、穂高くんのラジオ聞き返してた。声優目指した時のこと話してた回。いちばん好きなキャラの、いちばん好きな台詞の話……。それが、穂高くんのいまの気持ちだったりするのかな。だとしたら、ファンはちゃんと受け止めなきゃだよね。最終話、見てきます」。
「川嶋穂高、訃報で名前知った人だったんだけど、正直遅すぎた。もっと早く出会いたかった。涙が止まらない。もっともっと、演技聴きたかった。ねえ、届いたりするかな? あたしは、あなたを応援したかった。あなたといっしょに、生きたかったよ」。
「ありがとう穂高! 大好きだ穂高! なんでこんなこと言わなくちゃなんないのか心底わかんないままだけど、もう居ないって言われてもぜんぜん受け止め切れないけど、でも、おやすみ。おやすみなさい。来世でも絶対あんたのオタクになるからな!!」。
あまりにも見慣れたSNSの画面に並ぶ、たくさんの言葉たち。夢の中の俺は、慣れた指先でそれをスクロールしていた。……けれど、やがて視界ぜんぶが涙で滲んで、もう読めなくなる。
ちくしょう。俺は幸せだった。
冗談でなく、世界でいちばん幸せな声優だったんだ。
なあ、神様。最期の最後に見る、この夢の中でなら、俺は自分の声を使えるはずだよな。
……まあ冷静に考えたら、時間軸どうなってんだって感じだった。そこんとこは俺もよくわからん。どうせ夢だ。
だから、ようやく、さよならを言える。
俺は目の前に収録のマイクがあるつもりで、大きく深呼吸をした。すると、本当に見慣れたマイクが現れる。
おお、さすが夢。不意を突かれて、ちょっと笑った。
とはいえ俺の知るどのスタジオでもないし、俺の他には誰もいない。現実ではあり得ない光景だ。けれど確かに、ここはいま、アフレコブースだった。
この場所を、死ぬほど愛してたんだよなあ。
俺は泣き笑いの嗚咽で逸る息を、手早く整える。喉の具合を確認した。それから、いつもの定位置へと持ち上げた右手に、台本を開く。……ルーティンの動作をすれば、やはりそこには台本が出現してくれた。あまりにも懐かしく感じる、アニメ一話分の紙の重さ。紙面は白く発光していて、よく見えない。でも、それでいい。
よし。
目を閉じる。
瞼の裏には、川嶋穂高の人生で見てきたすべての景色が蘇った。さまざまな人が一同に詰める、収録スタジオの景色。イベントステージから見た、たくさんのファンの姿。彼ら彼女らが俺を通して好きなキャラクターへと向ける、きらきらの笑顔。
――ぜんぶぜんぶ、一つ残らず、最高の瞬間だ。
息を吸う。そうして俺は、最後の声を放った。
「おやすみ」
ありがとう。
こんな俺の演技 を愛してくれたみんなが、明日、きっと笑顔でありますように。
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