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第15話

辛口でキリッとした冷酒に、これまた土産の肴が合う。 「夏目くん、美味しいかい?」 「はいっ。 すごく美味しいです」 指定した銘柄以外にも飲み比べセットが用意されていて、へべれけになれそうだ。 締めに甘い物まであるなんてしあわせすぎる。 つい、ペースが早くなりそうだ。 舐めるように酒を飲み、カッと熱くなる口の中にしょっぱいつまみを放り込む。 至福すぎる。 「うま…」 「遠慮なく沢山食べなさい」 「勿論です」 先生に遠慮するなんてことはしない。 だって先生だ。 遠慮する方が失礼だろう。 だけど、ガブガブ飲むのも品がない。 チビチビと冷酒を楽しむつもりだ。 「そういえば、サイン会の写真見ましたよ。 選んだ服、着てくれたんですね」 「そりゃあ、着るよ。 夏目くんが選んでくれたんだからね」 「佐伯さんに迷惑かけませんでしたか?」 「俺がかい? まさか。 佐伯くんの自宅用にもお土産を買ったんだよ。 大人だろう」 珍しい… 「編集部への賄賂も」 …こっちが本命か。 先生といるとなんだか息が出来る。 自分を隠さずみせていいんだって。 駄目なところを沢山見てもらっているから、隠さなくていい。 今更良いところを取り繕ったって意味はない。 アマチュアのあんな原稿をプロに見てもらっている時点でとんでもなく恥ずかしいことをしているんだ。 「この前のサークルのはなんか飲んだ気にもならなくて…。 折角、活きの良い刺身の盛り合わせだったのに…あんまり食う気にもならなくて…」 「へぇ? サークルの飲み会はどうだったんだい。 そんな顔するような話には興味があるね」 どんな話をしたんだっけ…。 結婚、子供、転職。 それしか記憶に残っていない。 聞いておいて先生は日本酒をきゅっと煽った。 それから、お代わりを強請るようにグラスを差し出す。 「結婚して、子供出来て、仕事も頑張って、結果出して。 目標も…。 みんな、…しあわせそうでした」 「そうかい」 トクトクと空気が抜ける音が冷酒っぽい。 冷やせば冷酒、温めれば熱燗。 日本語の繊細さはあちらこちらに散らばっている。 それを拾いたい、なんて子供の夢なのか。 「…なんか、結婚して、……それもいいかな…って。 誰か一人なら…俺でも、しあわせに出来るんじゃないかなって思うし……」 「夏目くんの作る飯は美味しいからね」 「飯って…。 まぁ、そんな人いないですけどね。 マチアプしたら、いけんのかな……」 マッチングアプリ、街コン、相席屋。 今は出会い先なんて沢山用意されている。 それを使えば、この臆病な自尊心を宥められるんじゃないか。 こんな話を先生にしたって迷惑だ。 現に先生は下唇を指先でなぞっている。 呆れられてる。 先生にも。 本当にめんどくさい性格だ。 嫌になる。 …嫌だ。 「……諦めるのも、いいのかな…」 「なにから逃げるんだい?」 急に蛍光灯が遮られ、影になる。 それを辿るように視線を上げれば先生が此方を見下ろしている。 真っ直ぐに、そしてどこか深く。 「先生…?」 肩にかけられる手は男の力で押してきた。 ソファに押し倒される形になってしまい、慌てて起き上がろうとするも力に敵わない。 同じ男だ。 自分の方が若い。 先生はいつもパソコンに向かって多くの時間を座って過ごしているのに。 「どうしたんで…」 「……」 「いっ、てぇ…っ」 突然身体を走ったのは痛み。 首から全身に広がるそれに思わず先生を蹴飛ばした。 ドンッ、と壁にぶつかりながらも先生は顔を上げない。 「噛んだっ!? は? 酔ってるですかっ」 「酔ってないよ」 「酔っぱらいはみんなそう言うんですよ。 歯ぁ、磨いて寝てください」 「……」 「もうおかわりは駄目です」 「……」 「聞いてるんですか」 「聞こえてるよ」 先生は五月蝿いなとばかりの顔でキャスターチェアに腰掛けた。 そのままグラスに残った酒を煽り、奥に引っ込んでいく。 なんで、あんたがそんな顔するんだよ。 そんな顔したいのは俺だろ。

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