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第32話

あれは保育園の年長になったばかりの頃。 本屋さんで知ってる名前を見付けた。 「な、つ、め」 覚えたてのひらがながで書かれた名前を読む。 「ママっ、なつめ! おんなじだよ!」 「ん? あぁ、同じ夏目だね」 「そ…う、せ、き…。 そうせきくん?」 「うん。 夏目漱石」 目線を合わせてしゃがんだ母に本を指差し聞いた。 「なんさい?」 「え…、何歳だろう」 今考えればこの答えは何歳と答えるのだろう。 気になったことはなんでも知りたかっただけだ。 無知だからこそ、なんでも聞いた。 気になればなんでもだ。 けど、気になったことのすべて聞かないと気が済まないのもまた無限大の可能性を生み出す好奇心の素だ。 「わ、が、は、い、は、ねこ、で、あ、る。 なんてかいてあるの?」 「僕は猫です、って」 「そーせきくん、ねこなの?」 小さく笑う母の顔をよく覚えている。 こうやって笑う人だ。 一人暮らしを満喫しながらも、職場で時々思い出す。 本屋での記憶は今でも薄れない。 「ごほん?」 「ほしいの?」 「うん…」 けど、難しそうだ。 保育園にある絵本ではない。 ルビが振ってあっても漢字も使われている。 ランドセルのお兄さんになってからって言われるかも。 けど、気になる。 「うーん…。 まぁ、いいか。 読めるようになるし」 ついでに伝記も買ってあげると言われたのが出会いだ。

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