42 / 52
第42話
専用端末を使用して返品する商品のバーコードをスキャンし、返品伝票をつくっていると背後のドアが開いた。
「あら、夏目くん?
1人?」
「あ、お疲れ様です。
1人っていうか、鈴木くんなんか腹の調子が悪いみたいでトイレに行っちゃって。
俺がかわりに」
「お腹冷えちゃったのかしら。
どこもエアコンついてて冷えるから」
本屋で催す…なんてよく聞くことだが、それが同僚だと大変だ。
そうでなくても大変な返品作業なのに。
「手伝うわ。
サクッと終わらせちゃいましょ」
「え、でも休憩ですよね?
休まないと違法ですよ」
「なら、2人で悪いことしましょ。
休憩は夏目くんもでしょ」
パートのおばさんはチャーミングに言ってみせた。
申し訳ないと思いつつ、正直に言えば助かる。
本を纏めて、冊数の確認をして、スキャンして、段ボールに詰めて。
そうして週刊誌や月刊誌、販売から一定期間の過ぎた本は出版元へと返され、溶かされる。
まだ読めるのに。
ついさっきまで平置きされていたのに。
こんなに綺麗な雑誌なのに。
雑誌の中にも、何ヶ月もかけて綴られたものがある。
何度も書き直されたページがある。
どんなに時間をかけて書いても、必死に書いても、読んでもらえなければ行き先はそこだ。
もう二度と会えない本達を箱に揃えていく。
せめて綺麗に送り届けたい。
どんな運命でもそれくらいの敬意は必要だと思うから。
最後に伝票を張り付け荷台に積んだ。
書店員をしていて、この仕事だけは慣れたくない。
「そういえばね、ドイリー編みはじめたの。
もー、老眼で肩も凝るし若い内にもっとしとくんだったって思ったの。
けど、すごく楽しいわ。
夏目くん、ありがとう」
「え、俺はなにも…」
「きっと夏目くんが小説を書いてなかったらドイリーは編まなかったわよ。
いいな、って憧れでとまっていたと思うの。
だから、ありがとう」
なにもしてない。
実際に“したい”と動いたのはおばさん本人だ。
それに、俺はそんな人間じゃない。
足踏みしてばかりで、楽しいだけで文字を書いて、先生を見て改めて作家という“職業”を考えた。
誰のために書くのか。
なんのために書くのか。
答えも出せない子供だ。
おばさんはロッカーからジップロックを取り出すとこれ、と見せてくれた。
「休憩に編もうと思ってたの。
これがドイリー。
まずは花瓶置きって思ったから、もうすぐ編み終わるわ」
平べったい花柄はなんだか雪の結晶にも見える。
「これを、俺が…?」
「夏目くん、もっと自分を高く見積もってもいいのよ。
お友達と喧嘩した時も、自分を低く見積もっていたわね。
そんなのしなくていいの」
「…」
「私は夏目くんに感謝してるわ。
それは、誰がなんと言おうと私の事実なの。
その気持ちは受け取ってほしいな」
「はい」
頷く俺におばさんは同じものを返した。
そして、この編み方が久しぶりで苦戦した、次はこれを編んでみたいと本を見せながら色々なことを教えてくれた。
好きなことを楽しそうに話す顔を見ていると、自然とあの人のことを思い出した。
ともだちにシェアしよう!

