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第19話 父は嫌だが、伴侶の顔は立てたい
自分がどうにかするしか、エドゥアールヴァレットを落ち着かせるほうほうはない。吐き出しそうになる息を堪えてシャルルは平然とした表情をアレックスに見せる。
「愛されているほうを選ぶのは当然だろ?」
シャルルは飄々としながら言った。ここで下手なことを言えば、荒れるのは間違いない。だから、本心からの言葉で伝える。
「兄さんなら分かるだろうけど、俺やリリアーヌはお父様からは愛されてはなかったんだよ。なら、俺を愛してくれるって約束してくれた方を選ぶのは当然じゃないか?」
リリアーヌだって幼馴染の伯爵令息が愛してくれているから、彼を選んで、贄になることを受け入れられなかったのだ。
シャルルも上手くいくことのない暗殺任務を任されたことで、父から愛されていないことを理解した。居なくなっても支障がないと判断されたのだから。
エドゥアールヴァレットは番となるならば、君を守り愛そうと契りを交わしてくれたのだ。どちらを選ぶかなんて、問われなくても決まっている。
シャルルが分かるだろうと露骨な顔をしてみせれば、アレックスは眉を下げた。兄も薄々は察していたのだ、父の愛情に。
「……理解した」
「それならよかった。あぁ、エドゥ、遅れてごめんよ。彼が俺の兄であるアレックスだ」
背中から離れてエドゥアールヴァレットの前に立ちながらアレックスを紹介する。ちょっと心配性なんだよと苦く笑ってみせれば、彼はむぅと眉を寄せながら下げて、元の表情へと戻した。
一応は〝心配性〟という点で納得してくれたようだ。アレックスが心配性なのは噓ではない。それでも、気になることはあるから一瞬だけむすっとしてみせたのだろう。
(これは、そろそろ伝えるべきかな……)
自分が暗殺者一族であることを。どうして贄になったのかも伝えるべきなのだ、きっと。でも、シャルルは気が引けてしまう。
(暗殺者一族って知ったら、どう思うんだろうか)
暗殺者に良い印象など誰もないのは聞かなくとも分かっている。綺麗な仕事ではなく、恨みを買うだけだ。何の罪もない人間ですら、国にとって邪魔になるならば殺さねばならない。
神様はそんな血で汚れた人間をどう思うのか。穢れた存在として扱かわれても、文句は言えない。
(嫌われたくはない、かな)
エドゥアールヴァレットに嫌われたくはない、と思ってしまった。神の愛し方というのを知って。見た目や性格などで関係なく、内なる弱さと強さに惹かれてくれたのだから。
(家柄や見た目、才能、性格。そんなの関係なく、愛されるって初めてだったしな)
初めてだった。だから、答えがまとまらなかったのだ、あの時。それと同時にこのまま黙っているのも心苦しくなってくる。
「シャルル。父上が|豊穣《ほうじょう》龍様に挨拶がしたいらしい」
エドゥアールヴァレットと挨拶を終えたアレックスがそう声をかけてきた。はっと意識を浮上させて、シャルルは嫌そうな表情をしてみせる。いつもと変わらないふうに。
「そう嫌な顔をしないでくれ。流石に自分の息子が豊穣龍様の番に選ばれたのだから、挨拶をしないのは立場もだが、人間性としても良くないだろ」
「それは、そうなんだけどさぁ」
本当に挨拶だけが目的なのか、そこが不安だった。シャルルの渋面にアレックスが察したのか、「個別に話はしたいらしいがな」と頭を掻く。
「贄に出る前にいろいろあったんだ。個別に話したくはなるだろ」
「いろいろとは何だろうか?」
「それは……」
「お兄様はわたしの為に贄になったんです」
リリアーヌはシャルルの後ろから出て申し訳なさげに俯きながら、自分の幼馴染が本来は贄になる予定だったことを明かした。
私が我儘なことを言ってしまったからと俯くリリアーヌに、シャルルは「気にしなくていいよ」と彼女の頭を撫でてやる。
「結果的に俺は助かってるわけなんだから、リリアーヌはもう気にしなくていいんだよ」
「でも……」
「俺は気にしてないんだから。それで、父上はいつ会いたいって?」
「今だ」
「は?」
今、なんと言った。シャルルが呆けた声を上げれば、アレックスは頭を掻きながら「今すぐだ」ともう一度、告げた。
流石に番となってからそこそこの日数が経過している。だというのに、お茶会に招待されず、挨拶をする機会を与えられなかったのだ。
痺れを切らすのは当然だとアレックスに指摘されて、シャルルは納得するも嫌そうな表情は変えない。
「少しでいいから会ってくれ。流石に父が挨拶をしないのは失礼だろうが」
「それは……まぁ、そうだけどさぁ」
「私は構わない、シャルル」
渋るシャルルにエドゥアールヴァレットが答える、私は問題ないと。時間もまだ遅くないというのもあるが、番の両親に挨拶をしないのは失礼だと彼も理解したみたいだ。
「シャルルの両親に私も挨拶はしたほうがいいだろう。むしろ、その考えに至らなかった私が悪いのだ」
「いや、エドゥは悪くないって。人間の付き合い方に興味が無かったんだから、知らないのは当然だろ」
エドゥアールヴァレットは人間の住まう環境で暮らしていたわけではない。彼は神として一線を引いて生きていたのだから、人間社会の付き合い方を知らないのも理解できる。
興味がないものの知識が無いのは人間だろうと神だろうと同じなはずだ。だから、シャルルはエドゥアールヴァレットは悪くないと言った。
「シャルルを番にすると決めてから調べるべきだったと私は思うが……」
「俺が気にしてないからいいんだよ。まぁ、父上を持ち上げるのは嫌だけど、エドゥの顔は立ててあげたいし、分かったよ」
どうあっても父へ挨拶に行くことは避けられない。シャルルは仕方ないと諦めた。はぁと深い溜息を吐く様子にユリウスが「大丈夫だよ」と励ましてくれる。
「豊穣龍様がいるんだし、変な事は言われないって」
「そうだけどさぁ。嫌味は俺に言ってくるって」
「流石にそれはないだろう。豊穣龍様の前だぞ?」
「公爵の地位にいるのだから、そこまで頭は悪くないだろ」
神の前でそんな失礼な事などできないはずだと言うリヴァスに、サジェンタも同意する。そんな二人にシャルルは「いない場所では言うぜ?」と断言する。
それだけで父への信用がないのは察せられるので、リヴァスは「大変だな、お前も」とシャルルに同情し、サジェンタは「それはどうしようもねぇな」と憐れんだ。
憐れみも同情も要らないので愚痴を聞いてくれと嘆けば、「聞くから安心して」とユリウスが約束してくれたので、シャルルは覚悟を決めて、父に会うべく実家へと向かうことにした。
ものすごく、嫌だけれど。
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