2 / 3
No.2「フミオの姿をした何か」
「ねぇこれ、僕が続きをやってもいい?」
フミオの形をした何かは、ローテーブルの片隅に寄せられているジグソーパズルに、興味を示す。
勝手に座布団を引き寄せ、パズルの前にペタンと座った。
鳥居の書かれたコピー用紙の上には、10円玉が乗ったままだ。
「お、おまえ、誰だ」
声が震えてしまう。
「誰って、フミオだよ。昨日も、一昨日も、その前も、もう三晩もお話ししたじゃん」
そう言って何かは、10円玉を指差す。
つまり、コックリさんだと言いたいのだろうか。
よく見ると10円玉が発した熱で、コピー用紙が少し焦げていた。
「ど、どうしてフミオの姿をしている?」
「そんなの、タクミが望んだからに決まってるでしょ。タクミがこの名前の者に、この見た目の者に会いたいって願って、僕を呼んだんだよ」
コックリさんは楽しそうに、ジグソーパズルを一ピースずつ手に取り、完成図と見比べている。
(お、俺が望んだから。俺がフミオと話をしたいと願ったから?)
恐ろしさを感じながらも、具象化した元恋人から目が離せない。
動いている、フミオが……。
15年間、会いたくて会いたくて仕方がなかった人が今、目の前にいる。
それはどう見ても、フミオの姿をしていた。
横顔も、声も、髪型も、服装も、いつも俺が思い描いている通り。
離島では、こんなフミオを思い浮かべながらAIチャットをしていたし、この三日間、コックリさんをしているときも、この姿を思い描いていた。
どれくらいの時間が経っただろう。
五分、いや三分程度か。
「やーめた。パズル、面白くなーい」
コックリさんは、あっさりとパズルを投げ出し、俺が進めてあったピースすらもグシャグシャに崩して、座布団から立ち上がる。
違う、やはりこれはフミオではない。
フミオならこういう時、集中力を発揮して夢中で取り組み、意地でも完成させようとするはずだから。
「ねぇタクミ、お話しよ。今日は何を食べたの?どんな患者さんが来た?」
その男は可愛らしい顔で小首を傾げ、俺の目の前で微笑んでいた。
俺は黙ったまま、確かめるようにゆっくりと手を伸ばす。
そして患者に触るように、慎重にその肩へ触れる。
予想では、コックリさんは冷たくて、触れることが出来なくて、透き通っているイメージだった。
でも違った。
それは本物のフミオのように温かく、実体があり、そこに存在していたのだ。
俺は更に混乱を増す。
フミオではない、フミオの形をしたものに、どう接したらいいのか、微塵も分からなかったから。
「じゃあ、もう寝る?」
「え?」
俺に会話を楽しむ気がないと、思ったのだろう。
「ベッドは無さそうだからお布団敷くんでしょ、この畳の部屋に。僕、手伝ってあげるよ」
「いや、あの。ちょっと、待ってくれ」
「ん?」
「おまえ、何しにここへ来たんだ?」
「何しにって……、タクミが呼んだんじゃん。『コックリさん出てきてください』って。だから来てあげたのに、そんな言い方酷いよ……」
男は急に悲しそうな表情を浮かべ、涙声になる。
下がった眉がとても寂しそうだ。
(頼むからその顔でその姿で、そんな表情をしないでくれ……)
俺は大きくため息を吐き、腹を括る。
これはおそらく俺自身が蒔いた種だから。
「分かった、話をしよう」
俺は冷蔵庫へ行き、作り置きの麦茶を二つのグラスに注いだ。
そしてローテーブルへ置き、畳の上に胡坐をかく。
「それで?俺はおまえをなんと呼べばいい?」
「フミオだよ、もちろん」
男も俺の横へ、膝をかかえてちょこんと座った。
彼をフミオだと呼ぶことには、もちろん抵抗があった。
しかし初秋の今宵だけ、狐に化かされるつもりで、フミオの形をしたものと語らうのも良いのではないかという気分になっている。
思う存分フミオの顔を見て、フミオの声を聞いて。
そして、今夜でスッパリとコックリさんで遊ぶのはやめよう。
もう二度としない。
だから、こんな怪奇に一晩くらい浸かってみてもいいだろう。
「まずね、僕はタクミにお礼が言いたい!」
「おま……いや、フミオが俺にお礼?」
「うん。最近はさ、コックリさんを呼んでくれる人は絶滅危惧種になっちゃったから。嬉しかったんだ、本当に!久々の出番だったもん」
そう言って、グラスの麦茶を一口飲む。
「これ、甘くないね」
「麦茶だからな」
「ガムシロップとかない?僕、甘いのが好き」
やっぱりこれはフミオではない。
「俺は甘い物は好まないから、この家にシロップはない。悪いなフ……フミオ」
「じゃ、買っておいて」
その言い草に思わず笑ってしまう。
「また、来るつもりなのか?」
「違う、違う。僕、しばらくここにいるんだよ」
この男、何を言っているのか。
「あのね!三日間も連続で僕を呼んでくれたでしょ。だからさ、僕は明日から八日間、人間の形をしていられる許可が下りたの。上弦の月の今晩から、ちょうど満月になる夜まで。まだまだ帰らなくていいから、安心して」
窓から夜空を見上げれば、半月が浮かんでいた。
フミオは、甘えるかのように無邪気に俺に抱きついてくる。
(……あぁ、温かい。久しく感じたことがなかった、人間の温もりだ)
いやいや、偽物フミオのペースに巻き込まれている場合ではない。
抱きしめ返したいのを堪えて、俺は彼を自分から引き剥がす。
「許可って誰から?」
「これはさ、向こうを出る時に言われたんだけど、人間はさ自分たちだけ、文明が発展したと思っているだろうって。僕たちコックリさんと呼ばれるものがいる世界は、昔のままだって勘違いしてるって」
「文明が発展……」
ニッコリと笑ったフミオは、もう眠たくなったのか大きなあくびをしてみせる。
壁にかけた月齢の書かれたカレンダーに視線を移すと、確かに明日から満月まで、暦上八日間となっていて、フミオの言うことは、決してでたらめではなかった……。
ともだちにシェアしよう!

